属性魔術師

「え、あたしの職業を?」


 突然のことにセレンは困惑したように答える。


「ああ、パーティーの盗賊が2人いるのは微妙だろう? うちのパーティーには攻撃魔法が使える魔術師がいない。値が張るのは分かるが、買い直した方がいいんじゃないかと思ってな」

「え、でも、お金は?」

「前回の依頼でそれなりに稼げたからある程度余裕があるわ」

「でもそれってあたし以外の三人で稼いだ分よね? それにそのときあたしは……」


 セレンは申し訳なさそうな顔をする。

 ちなみにこの話を直前まで黙っていたのは、サプライズというだけでなくその方がセレンも断りづらいだろうという意図もあった。

 が、今度はそれまで黙っていたリネアが真剣な表情で口を開く。


「私たちも、せっかくセレンを仲間にした以上は出来るだけセレンが活躍できるようになってほしいと思ってるんです。もちろん私は昔からの知り合いだからですが、それはこの二人とも一緒ですよ」


 そう言ってリネアは俺たちを見る。

 エルナと俺は揃って頷いた。

 そこで俺は感情的なことではなく実利的な話をする。


「それに、どうせ職業を買うなら早い方がいいだろ? これからセレンが盗賊のまま活躍してランクが上がった後ならお金が貯まるかもしれないが、その後に買い直すとランクがリセットされるからな」


 基本的に職業を買い替えればスキルはなくなるし、ランクもリセットされてしまう。だから買い替えるなら早い方がいい。


「でも盗賊なのはリネアもだけど、リネアはいいの? リネアも出来るなら盗賊よりも魔術師がやりたいとか思わない?」

「う~ん、冒険者になる前はそうでしたが、今はこれでCランクまできてるので大丈夫です」


 確かに盗賊は冒険者の職業の中では一番安くて、戦闘でそこまで強い訳でもない地味な職業ではあるが、リネアはすっかりなじんでいるようだった。

 それに、どうせランクがリセットされるならCランクのリネアよりDランクのセレンの方がロスが少ないという見方もある。


「だから遠慮せずにもらってください」

「それはそうだけど、本当にいいの? 私はパーティー内で、しかも二人は会ったばかりでお金の貸し借りをするというのは反対だけど」


 セレンはなおも不安そうに言う。

 俺たちを疑っている訳ではないが、一度借金で酷い目に遭ったので貸し借りを作ることに対して生理的に抵抗を感じてしまうのだろう。


「借りるのが嫌だっていうならまるまる出してあげてもいいわ。魔術師は高いとはいえ、私たちがB~Cランクのパーティーになれば数回の依頼で元はとれるし」


 エルナが驚くべきことを言う。とはいえ、セレンの性格的に「じゃあただでもらいます」とはならないだろうということは俺もリネアも分かっていた。

 

「あたしなんてこのパーティーに厄介事を持ちこんだだけだというのに……何でそこまでしてくれるの? リネアも、昔のことを罪悪感を覚えなくてもいいのに」


 セレンは信じられないという目で俺たちを見る。

 世間の常識から考えると破格の待遇なのだろうが、今目の前で何が最善かを考えるときに世間の基準は関係ない。


「罪悪感でやっているのもゼロではありません。でも、二人ともこう見えてお人よしなんです。だから私も信用してるんですよ。信じられないかもしれませんが……」


 そう言ってリネアはこの前、俺たちが少女から安値で依頼を受けた話をする。

 それを聞いてセレンは驚くとともに、やがて納得したように頷いた。


「なるほどね。そういうことなら分かるかな。でもまさか冒険者にそんな人がいたなんて、本当に信じられない」


 そう言ってセレンは目に涙をにじませる。

 さすがにここまで褒められると俺もエルナも気恥ずかしくなってきたので、俺は慌てて話題を変える。


「ところで攻撃魔法を使う職業はいくつかあるけど、セレンはどれがいい?」

「そうね、これまであまり考えたことはなかったけど、やっぱり属性魔術師かな」


 属性魔術師というのはその名の通り、炎や水などの魔術を使う魔術師だ。一般的には炎魔術による攻撃が中心となるが、スキルのとり方次第では水魔法による防御や風魔法によるトリッキーな技なども可能になる。

 攻撃系の魔術師の中ではメジャーな存在であり、一番イメージも湧きやすいのだろう。イメージが湧きやすい職業だと本人が魔法を使いやすいのはもちろんだが、俺たちも戦闘のときに連携がとりやすい。


「確かにそれが無難ね」

「俺も攻撃魔法は使えないからな」


 俺には無尽蔵に近い魔力があるが、攻撃魔法を覚えることは出来ない。物理攻撃をいくら強化してもそれだけでは倒せない相手に今後遭遇しないとも限らない。

 まあそもそも、俺が何かの方法で攻撃魔法を使えるようになったところで相手の性別がオスだと効かないので危険すぎるが。


 それを見て、それまで黙って俺たちの会話を聞いていた神官の少女が口を開く。


「決まりましたか?」

「す、すいません、お待たせしてしまって」


 途端に俺は申し訳なくなる。彼女からすればこんな話し合いは教会に来る前にやっておけという話だろう。


「いえ、久しぶりに心温まる光景を見れて良かったです。それで、職業は属性魔術師でよろしいですか?」

「は、はい、属性魔術師でお願いします!」

「では私ミュリアが担当させていただきます。こちらへどうぞ」


 そしてセレンは緊張した面持ちで小さな部屋に案内される。

 セレンは部屋の真ん中に立たされ、そしてその前の祭壇に立ったミュリアが呪文のようなものを唱えると、セレンの体が淡く輝く。

 俺も職業を受け取ったときはこんな感じだった。俺はそれを思い出しながら感慨にひたりながら、後ろの方からそれを眺めるのだった。


 それから一分ほど経過すると光が収まり、儀式は終わった。

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