とある路地裏にて
「ふう、今回もカモがカモを連れてきたな」
とある人気のない裏路地で、ガラの悪い大男がそう言って笑う。
「そうだな。相手が“夜明けの風”と聞いて面倒なことになるかと思ったが、我らの邪魔をするどころかもう一人連れてくるなんて」
魔術師の男がそう言って相槌を打つ。
「しかしあの二人相手でもうまくいくのか? セレンの話を聞いている以上警戒しているんじゃないか?」
「大丈夫だ。警戒しているとはいえ、やつらはセレンを助けにきたんだ。セレンを助けるために必要なんだ、と言いくるめてサインさせるさ」
魔術師は自信ありげににやりと笑う。
彼はこれまでセレン以外にもたくさんの冒険者に不利な条件の書類にサインさせてきた。契約書をわざと意味がとりづらい文面にしたり、相手をうまく言いくるめたりしたりするのは得意である。
これまでの冒険者は働けなくなるまでこき使って捨てるか、奴隷商人に売り払ってきたが、セレンはなかなか筋がいいので長くこき使おうと思っている。
「だが男の方は仲間思いではなさそうだが」
「確かに。それならあいつも俺たちの仲間に引き入れよう。これまでは俺たち二人で一人から搾取していたんだ。三人で二人を食い物にするなら分け前は増える」
「なるほど! あいつなら報酬をぶら下げればかつての仲間なんて簡単に裏切りそうだ!」
アルスが作戦のために芝居をしていたとは気づいていない二人は完全にアルスを欲望に忠実な軽薄な人物だと思い込んでいた。
「それに人間は仲間だと思っていたやつが裏切るのが一番腹がたつものだ。あの男が俺たちの側につけば、女二人は俺たちよりもあいつを恨むさ」
「それは好都合だ」
「さて、向こうも酒盛りしているらしいし、俺たちも前祝いとするか」
「いいねえ」
そう言って二人がいつもの酒場に向かおうとしたときだった。
不意にぞろぞろとカタギではなさそうな集団が二人の前後に現れる。それを見て二人はすっと深刻な表情に変わる。
「何だお前たちは!」
大男は怒鳴る。
目の前に現れたのは十代の若いチンピラや浮浪者同然の男たちで、一人一人ではとてもこの二人に太刀打ちできる腕は持ち合わせていない。
するとチンピラの代表のような男が前に進み出る。
「悪いが、上からの命令でお前たちを痛めつけろとのことだ。何か一人女がいないが……まあいいだろう。女は雑用のようだしな」
「何だと? ふざけるのも大概にしろ。お前たち程度に負ける俺たちではないし、そもそもこんな乱闘をして足がつかないとでも思っているのか?」
「そんなことは知ったこっちゃねえなあ」
そう言ってチンピラたちは距離を詰める。
二人は恨みを買っているという自覚があるからこそ、街中以外では周囲をつけ狙う相手がいないかを気を付けながら行動していた。街中では狙われても衛兵がこれば先に襲ってきた方が罪に問われるから油断していたが、世の中にはそれでも襲ってくるバカがいるらしい。
「誰だ、てめえらの親玉は!?」
「そんなことを言う訳ないだろう? 自分たちの日頃の行いを恨むんだな」
「ふん、ならば返り討ちにしてお前たちのみぐるみ剥いで、衛兵に突き出してやるよ」
「誰の命令だか知らないが、親玉に襲撃失敗を泣いて許してもらうんだな!」
そう言って大男は剣を抜いて斬りかかり、魔術師は魔法の準備をする。
が。
「喰らえっ」
「ぐはっ」
後ろからもチンピラたちが殺到し、魔法の準備をしていた魔術師を襲う。不意を突かれた魔術師はその場に膝を突く。
大男の方は次々とチンピラを薙ぎ払っていくが、四方八方から攻撃されて次第に疲弊していく。そのうち、遠くから飛んできた石が偶然額に命中し、悲鳴を上げてその場に倒れた。
いくら二人が手練れでも大勢に囲まれてはなすすべがなかった。
「くそ……こんな雑魚なんかに……」
「一体何が望みだ?」
魔術師は息も絶え絶えに尋ねる。自分たちが捕まることを恐れていない集団相手だと本当に殺されてしまいかねない。
「すぐにこの街から出ていけ! お前たち二人でな!」
「わ、分かった……」
自分たちのしてきたことを考えればもっと酷い要求をされてもおかしくないと思っていた二人は出ていくだけで済むことに安堵する。
別の街に行ってまた新しいカモを探せばいいだけだ。
そもそもこんな目に遭わされた以上、出ていけと言われなかったとしてもこの街に留まりたくはない。
「もしここで再び見かけたら容赦しないからな。それに、他の奴ら、例えば今日加入しようとしていた奴らも連れていくなよ?」
「わ、分かった」
なぜいちいちそんなことを念押ししてくるのかは分からないが、二人は頷く。
というか、こんなことを依頼してきたのは自分たちが散々こき使ってきたセレンである可能性もある以上、彼女を連れていくことは出来ない。
「ふん、言われなくてもこんな街にいられるか!」
そんなことを話しているうちにバタバタという足音とともに衛兵が駆けつける。そしてお互いにその場を離れるために駆けだしたのだった。
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