毒を以て毒を制すⅠ

 その後も俺たちはアークイーグルを追って山を登っていった。彼らは巣は山の上の方にあるらしいが、獲物は中腹から山麓の方にいることが多いので、どこを歩いていても満遍なく出会う。


「エンチャント・ウェポン」

「ひゃうんっ、相変わらずこれすごいわね……」


 そのたびに俺が魔法をかけてはエルナが矢を放ち、


「っっっっ……! えいっ」


 リネアがナイフで止めを刺すという手順を繰り返していた。

 そして俺は落ちてきたアークイーグルを捌いて回収する。

 魔法をかけるたびにぎこちない様子を見せていたエルナも狩猟モードに入ってきたせいか、どんどん手慣れてくる。


 こうして順調に狩りが進んでいき、結構な数が獲れた。そこで俺はお昼ごろに一度捕まえたアークイーグルを抱えて麓に届けに行く。

 すると俺が二人と離れるのを待っていたかのように、目の前に見知った顔が現れた。


「ゴードン……」


 それを見て俺はさっと緊張する。

 彼らにはパーティーを追い出され、俺が恨むことはあっても向こうが恨む筋合いはないはずだが、こいつらにそういう常識は通じない。あの時は全然魔法が使えなかった俺が急に魔法を使えるようになっていると知って逆恨みされている可能性もある。


 が、そんな俺の警戒とは裏腹に、ゴードンはなぜか笑いながら声をかけてきた。


「やあアルス、元気にやっているようだな」

「……お、おう」


 予想外の言葉に俺は戸惑いながら答える。


「前は追い出してしまって済まなかった。あれは一時の気の迷いだったんだ、戻ってきてくれよ。俺たちもやっぱお前がいないと寂しいんだ」


 ゴードンが言うと、シェリフとペイルもうんうんと頷く。

 俺がパーティーにいたときは全く存在しなかった光景に俺は思わず目を疑った。やはり魔法の腕一つでここまで扱いが変わるのか、と驚いてしまう。


 もちろんそんな見え透いた手の平返しで気持ちを変えるつもりはないし、それ以前に俺の魔法はこいつらには効果がないから戻ることは不可能だ。

 とはいえ、もはや他人となったこいつらにわざわざ自分の弱点を丁寧に教えてやる義理はない。


「悪いけど、俺も今のパーティーに愛着があるから戻るつもりはない」


 支援魔法しか使えない上に自分には効果がないのでここで襲われればひとたまりもないが、ガルドと兵士たちがいるのでさすがに大丈夫だろう。

 するとゴードンはため息をついた。


「ちっ、せっかく優しく誘ってやったのに。そんなに言うならこっちにだって考えがある。お前が意地を張って戻らないのは勝手だが、それで周囲に迷惑が及ぶかもしれないんだぞ」


 ゴードンはドスの利いた声で言う。

 早くも飴から鞭に切り替えたのだろう。

 とはいえ、俺を脅すだけならまだしも周りを巻き込むことを示唆されると聞き捨てならない。


「おい、何をする気だ?」

「いや、俺が何かをする訳ないだろ? だが、お前の愚かな判断のせいでそいつらが勝手に不幸になるってことだ」

「何だと!?」


 ゴードンは普通に冒険者として活動しているが、昔はごろつきたちを束ねる親玉のようなことをしていたと武勇伝のように語っていた。それで集めた金で一人だけ冒険者になったと聞くが、今でもそのときの子分たちとは繋がりがあるらしい、ということを思い出す。

 もしかすると自分の手を汚さずに嫌がらせをしてくるのではないか。こいつならやりかねない。


 そう考えると背中を嫌な汗がつたう。

 ただでさえリネアの件で大変だというのに、これ以上問題を増やす訳にはいかない。しかしゴードン本人ではなく手下を使って嫌がらせをしてくるのであれば止めることは出来ない。


「……ちょっと考えさせてくれないか?」

「いいだろう。だが今日のこの狩が終わるまでに結論を出せ」

「……分かった」


 恐らく時間を与えすぎると解決方法を見つけられると思ったのだろう、ゴードンが設定した期間は短いものだった。

 もちろん考えさせてくれ、と言ったのはゴードンたちの戻るかどうかではなく、エルナとリネアに迷惑がかからない方法だ。


 俺は考えながらもアークイーグルを持って山麓へと降りていく。後ろを見ると、俺の様子を探れと命令でもされたのか、こっそりとペイルが後をつけていた。

 ふつう盗賊に後をつけられれば見つけることは出来ないが、レベルがあるせいか気づくことが出来たようだ。


 そこでは他の冒険者たちも手に手にアークイーグルを持ってガルドや兵士たちに手渡して手柄を記録してもらっていた。


「あいつ、午前だけであんなに大量の羽を集めたのか!?」

「え、でもあいつ前にゴードンのところを追い出されたんだろ?」

「いや、今はエルナのところにいるらしい」

「さすがエルナのところにいるだけはある……」


 そう言って彼らは俺が持っている羽の量を見て驚いている。

 そして俺は男爵家の兵士に羽を渡す。


「こ、これを本当に一パーティーで狩ったのか!?」


 兵士も羽の量を見て驚く。

 やはり俺たちの働きはかなり大きかったのだろう。きっと帰りにはかなりの報酬がもらえるに違いない。

 とはいえ、今はそれを喜べる心境でもなかった。


 が、そこで俺はふと冒険者の中にセレンとその仲間二人(仲間ではないが)の姿を見つける。彼らも何羽かのアークイーグルを狩っていたようだが、当然のようにセレンが荷物持ちをさせられている。あいつらのせいでセレンが……と思ったところで俺はふと思いつく。

 そして男二人の元へ歩いていき、数羽のアークイーグルを手渡す。


「あ、何だお前は」

「さっきのエルナの取り巻きか?」


 当然二人は俺を怪訝な目で見てきた。

 俺はそんな二人に適当にぺこぺこと頭を下げてみせる。


「いいから、これを受け取ってくれよ。ほら、これからお世話になる訳だし」

「はあ?」


 状況が呑み込めない男たちは困惑しつつも、アークイーグルはちゃっかりと受け取る。


「ちょっと、一体何のつもり!?」


 それを見てセレンが俺に詰め寄る。


「何って、決まってるだろ? リネアがこっちに来るならもう“夜明けの風”は人数が足りなくなる。だから俺もこっちに転がり込むんだよ」

「そ、それは……」


 そんな無節操な、とでも言おうとしたのだろうが、セレンはリネアを引き抜こうとしている張本人なのでそれ以上の文句は言えなかったのだろう、沈黙する。

 一方の男たちは俺が下手に出たのが気に入ったのか、セレンと違って好反応だった。


「とはいえこいつの回復魔法はすごいらしいぞ……」

「ま、まあ態度次第で考えてやらんことはないな」

「あ、じゃあ夕方にもアークイーグルを何羽か献上するんで」

「お、おう」


 俺が卑屈な笑みを浮かべてそう言うと、彼らは気分良さそうに顔を見合わせる。

 本当に騙されているのか、俺を騙してどうこうしようと思っているのかは分からないが、別に何でもいい。


 俺はちらっと後ろを見る。

 すると俺の行動を見たペイルが驚いた顔でゴードンへと報告しにいくのが見えた。

 それを見てひとまず俺は自分の目的がうまくいったことにほっとした。

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