ゴバド山へ
「本日はよくぞ皆集まってくれた! 俺はシュルツ男爵の家臣のガルドだ。この作戦の指揮をとらせてもらう」
集まった冒険者の前に立ったのはガルドと名乗るガタイのいい男だった。
彼が大声で話すとそれまで騒いでいた冒険者たちはすっと静かになり、俺たちも気持ちを切り替える。
荒くれ者の冒険者たちに引けをとらない体格に、金のかかった大剣と金属鎧を着こんでいる。男爵も冒険者たちに舐められないようにとりわけ体格のいい者を派遣したのだろう。
その上、さらに普通の兵士が十人ほど彼についていた。
「今日は皆でゴバド山へ赴き、そこにいるアークイーグルを各々好きに狩ってもらう。基本的に獲物は止めを刺したものに権利があり、もし揉めた場合は俺か、兵士に言ってくれ。すぐに裁定を下すから従うように。くれぐれも冒険者同士で勝手に揉め事など起こすなよ?」
そう言って彼は威圧するように辺りを見回す。
おそらく冒険者たちを集めると高確率でトラブルが起こるのだろう。というかすでにリネアとセレンの間で起こっているが。
「では出発だ、馬車を用意したので各々分乗するように」
ギルドの前に出ると、いつの間にか男爵家が用意した馬車が停まっている。と言っても客を乗せるような馬車ではなく、どちらかという荷運び用の馬車で、俺たちが座るのも荷台同然のところだが。
馬車に乗り込みながら、俺は他の馬車にゴードンら三人が乗っているのを見かける。彼らもこのギルドの冒険者の中ではまあまあの腕だから参加していても不自然ではないが、何となく胸騒ぎがする。
リネアのこともあるのにこれ以上何かあったらどうすればいいのだろうか。
俺たちは馬車に揺られている間も口数が少ないまま、一時間ほどかけてゴバド山へと到達する。そこはごつごつした岩肌がむき出しになっており、時折動物が歩いている。
そして上空にはアークイーグルが獲物を求めて旋回しており、時折急降下しては動物を襲っているのが見えた。
到着すると俺たちはのそのそと馬車から降りた。
「ではこれから夕方まで好きにアークイーグルを狩ってくるがいい。俺たちはこの辺りで待っているから適宜獲物を持ってこい」
こうして冒険者たちは三々五々分かれて山に入っていく。
俺たちもなるべく他人と方向が被らないように山を登る。
「とりあえず、私たちは飛んでいるアークイーグルを見つけ次第、強化魔法をかけて攻撃するという単純な戦法で行くわ」
「はい」
他のパーティーは罠を設置したり巣を探したりしているところもあるが、エルナは正攻法を選んだ。
それから歩くこと数分。
「いました!」
早速リネアが上空を指さす。結構高い所を飛んでいるが、今のリネアであれば当てられるだろう。
「エンチャント・ウェポン」
まずは慣れているリネアに魔法をかける。
「んんっ♡」
リネアは一瞬くぐもった吐息を漏らすが、すぐにナイフを構える。
練習を積んだのである程度副作用にも慣れたのだろう。
問題はエルナだ。どのくらいまで魔法をかけた方がいいのだろうか。強化はたくさんするにこしたことはないが、副作用で弓に乱れが出ては困る。
「エルナはどれぐらいの強さで魔法をかけた方がいい?」
「私は、その……あんまり強いのはちょっと」
「分かった……エンチャント・ウェポン」
俺は強さを加減してエルナに魔法をかける。
「ひゃんっ! 相変わらずこれすごすぎっ♡」
が、魔法がかかった瞬間エルナは声をあげてしまう。
もしかするとリネアとの練習で俺の感覚もおかしくなっていてつい強めにかけてしまったのかもしれない。
「大丈夫か?」
「んんっ、大丈夫ではないけど……♡ でもこれぐらいならぎりぎり何とか……はぁ、はぁ、はぁ……」
そう言ってエルナは荒い息で矢をつがえる。
本当に大丈夫なのか、と不安に思ったがほのかに紅潮した顔で矢をつがえるエルナの姿はまるで絵画のような美しさがあった。
「じゃあいくわよ!」
そう言ってエルナが矢を放つと、矢はまっすぐにアークイーグルへ飛んでいく。
アークイーグルは慌てて矢を避けようとするが避けきれずに、翼に命中する。そして動きが遅くなったところを、間髪入れずにリネアの投げナイフが襲った。
クカァァァァァァ!!
と鋭い悲鳴をあげてアークイーグルは目の前にどさりと墜落する。
本来は避けられたり、当たっても一発で仕留められなかったりと、こんな簡単に倒せる魔物ではないので俺は感心してしまう。
「二人ともすごいな」
「いえ、私の矢はあんな威力じゃなかったはず。あんたの魔法の力がすごいのよ」
「はい、私のナイフだって普通はあんな上空まで飛びませんから」
「そうか、それはありがとう」
「ただまあ、ちょっと副作用があれだけど……はぁ、はぁ……」
エルナは荒い息で言う。
強化効果にせよ副作用にしろ、自分にかけられないことには効果を確かめようがないので、何とも言えないのがもどかしい。
(ま、まあ、慣れれば悪くないですけどね)
「ん、何か言った?」
「いえ、別に」
リネアが小声で何か言ったが、エルナに聞き返されると慌てて否定する。
二人がそんな会話をしている間、俺は地面に落ちたアークイーグルの遺体に駆け寄ると、手早く翼だけをはぎ取る。羽以外の部位は特に値段がつく訳でもないのでいらないだろう。
俺が死体の処理をすると二人は驚いたように俺を見ている。
「……どうかしたのか?」
「いえ、何でそんなに得意なのかなと思って」
「そうです、それにそういうことは本来私の仕事ではないでしょうか?」
確かに盗賊が一番手先が器用な職業だからそういう分担になることが多いのだが、前のパーティーでいつもやらされていたのでつい癖になってしまっていた。
「前のパーティーではいつもやっていたからな。それに二人が武器で戦う以上、かさばる物は俺が持っていた方がいい」
さすがに一回一回山のふもとまで羽を届けにいくのは手間がかかるので荷物はかさばるが、強化魔法をかけるだけなら特に邪魔にはならない。
「……ありがとう」
エルナはお礼を言うが、リネアは複雑そうな顔で俯く。セレンのところへ行かなくてはならない、と思いつつもこのパーティーを離れたくないのだろう。
どうにかならないかと思うが、この仕事で大金を稼ぐことが出来ればセレンの借金もどうにかできるかもしれない。今の勢いでアークイーグルを倒していけばかなりの報酬が出るだろう。俺はそう思って無理矢理気持ちを切り替えるのだった。
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