不純な動機
俺たちは一本生えている樹を見つけると、とりあえずそこから十メートルほど離れて立つ。
「で、では……お願いします……///」
リネアは少し緊張したように言う。
ヒールは躊躇してはいられないような場面でかけることが多かったが、こうやって改まって魔法を頼まれると緊張してしまう。
というか、そういう雰囲気で頼まれるとこちらが悪いことをしているような気になってしまうんだが。
「分かった……エンチャント・ウェポン!」
俺はあまり力をこめずに魔法をかける。
リネアの全身が薄い膜のような魔力に包まれた。
「んんっ……これいい……♡」
すぐにリネアが片目をつぶって色っぽい声をあげる。
「あ、いいというのはあくまで強化されているという意味ですからねっ? あっ、んんっ♡」
リネアはこちらに向かって決してそういうことではないと抗議してくるが、すぐに吐息をもらすのであまり説得力がない。
気まずくなったので俺はすぐに話題をそらす。
「それよりその状況できちんと投げられるのか?」
「んっ、それはきっと大丈夫です……ほらっ」
そう言ってリネアは振りかぶってナイフを投げる。
先ほどまで変な声をあげていた人物とは同一人物とは思えないほど素早い動きで、ナイフはまっすぐに木に飛んでいく。
しかしナイフは木の幹にぶつかるとからんと音を立ててその場におちてしまった。
「これではまだ威力が足りないようですね……もっと魔法を強くかけてもらえることは可能でしょうか?」
「大丈夫なのか?」
「んっ、少し大変ですが……この程度の威力ではアークイーグルを倒すことは出来ません」
確かに木の幹に刺さることも出来ない程度の威力では一発でアークイーグルを仕留めるは難しいだろう。
せっかくナイフを命中させても負傷したまま飛んでいっては別の冒険者の獲物になってしまうだけだ。
「分かった、じゃあ強くするぞ」
「は、はい……///」
俺が魔力を強めると、次第にリネアの表情が紅潮していく。
「あっ、んんっ♡ これ、すごい……です♡」
「そうか。じゃあ早速投げてみてくれ」
すごいと言われてもどう反応したらいいのか分からない。
とりあえずうまくナイフを投げられればいいのだが。
「はいっ」
そう言ってリネアが再びナイフを投げる。そんな調子で大丈夫かと思ったが、俺の心配とは裏腹にリネアの手を離れたナイフはまっすぐに木に飛んでいき、今度は深く幹に刺さった。
「良かった、今度はちゃんと刺さりました」
「ただ、アークイーグルと戦うならもう少し遠くから投げる練習をしておいた方がいいんじゃないか?」
「そうですね。威力が上がっているなら射程も伸びているはずですし……んっ」
そう言ってリネアは今度は二十メートルほどの距離をとる。そして再びナイフを投げるのだが、今度は惜しくも木の幹の隣を通り抜けていく。
飛距離は十分なのだが、コントロールが足りなかったらしい。
「うーん、距離は足りているのですが……そうだ、もしこの距離で当たるようになったらもっと魔法を強くしてもっと遠くから投げてみてもいいですか?」
「まあ俺は構わないが……」
相変わらず俺の魔力は尽きる気配がない。
しかし今も随分息が荒くて顔も荒いのに、このうえさらに魔法を強くして大丈夫なのだろうか。むしろ余計にコントロールが乱れるのではないかと心配になる。
だが、リネアは譲らない。
「いえ、大丈夫です! 是非お願いします!」
「分かった」
俺頷くと、リネアは集中して木を睨みつける。
そしてナイフを投げつけた。ナイフは先ほどとは打って変わってまっすぐに木の幹に突き刺さる。
「やりました!」
「す、すごいな」
「はぁ、はぁ……でしたらもっと強い魔法をお願いします♡」
嬉しそうにそう言うリネアの様子を見て俺は改めて思う。
やはり何だかんだ彼女は俺の魔法を気に入っているに違いない。
前々からリネアは「こんな魔法絶対他人に使わないでください」とは言っていたが、本人に使うことには何も言っていなかった。
それに思い返してみると特に必要ないのに魔法をかけられようとしているときがあった。今日だって副作用が嫌だったら、いくら仕事のためとはいえわざわざこんな練習を提案することはないだろう。
「やっぱりリネア、この魔法の副作用を喜んでないか?」
「そ、そ、そんなことある訳じゃないですか!!」
リネアは顔を真っ赤にして否定する。
普段あまり表情を動かさないリネアがこういう反応をするのは珍しいことだ。
「じゃあ魔法を強くするのはやめておこう。コントロールの練習は魔法なしでも出来る」
「そ、それは……でも、やはり本番と同じ環境で練習した方が……」
今度はリネアは少し残念そうに言う。
「じゃあ副作用を弱めて魔法をかけようか?」
そんなことは今の俺には出来ないが、つい意地悪でそう言ってしまう。
するとリネアが急に暗い表情に変わった。
「そ、それは……」
「それとも、やっぱり普通に魔法を強くした方がやる気が出るのか?」
「はい……」
リネアは観念したように頷く。
俺が副作用で悩んでいたのが馬鹿らしくなってくるようだ。
「はあ、全く、とんだ変態だな」
「そ、それは……」
リネアは否定しようとするが、図星だと思ったのか反論の言葉は出てこなかった。
とはいえこちらとしてもリネアにそういう性癖があると分かればいちいち申し訳なく思わなくて済むのでありがたい。
「そうだと言ってくれれば話は早い。十メートル離れてナイフが命中するごとに、どんどん魔法の威力を高めていく。そういうふうにしたらリネアは本気を出せるんじゃないか?」
「は、はい♡」
一度認めてしまったせいか、リネアは嬉しさを隠そうともせずに頷く。
そしてさらに十メートル離れた。
「エンチャント・ウェポン」
「んんんんんんっ♡」
俺がさらに強めに魔法をかけるとリネアは一瞬目を閉じて口元を抑える。気持ちいいのを認めても声をあげるのは恥ずかしいらしい。
「で、では、行きます……んっ!」
呼吸を荒くしたままリネアはナイフを構える。
ナイフはすごい勢いで飛んでいくが、間一髪で木の脇を抜けていく。しかしリネアはすぐに次のナイフを構える。
その状態でよく投擲を続けられるな、と思ったが、次のナイフは三十メートル先の木に命中する。
「やりましたっ!」
「おう、なら……エンチャント・ウェポン!」
「ひゃうんっ♡ ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
さらに強めに魔法をかけると、リネアは声をあげてその場に座り込む。
そして顔を紅潮させて荒い呼吸をする。
「さすがにまずそうか?」
「いえ、大丈夫です、投げられますっ!」
そう言ってリネアはよろよろと立ち上がる。
「ですから命中させたらもっと強い魔法をお願いしますね♡」
「お、おう……」
俺が困惑しながらも頷くと、リネアは先ほどまでとはまるで別人のように研ぎ澄まされた目つきでナイフを構える。
そして目にも留まらぬ速さでナイフを投げるのだった。
そんなにこの魔法の副作用は気持ちいいのか?
しかしこれ以上となると俺も相当頑張らないと魔法の威力を高めるのは難しい。何か予想外に俺の練習になってしまっているな、などと思うのだった。
こうして俺たちの練習はその後も続き、結局リネアは六十メートル離れてもナイフを木に命中することが出来たのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。