セレン

 翌日も俺はリネアとともに練習を行い、リネアは強化魔法がかかっている状態で七、八十メートル以内であれば確実に標的にナイフを当てることが出来るようになっていた。

 もっとも、実際は角度や遮蔽、風などもあるので練習通りにいくとは限らないが。


「おはよう」


 そしていよいよアークイーグル狩りに赴くという日、俺たちはギルドでエルナと合流する。


「おはようございます」

「おはよう、弓の方はどうだ?」

「とりあえず昔の記憶は思い出したわ。強化魔法があればそれなりに使い物になるんじゃないかしら……ところで」


 エルナは俺とリネアを交互に見る。


「二人とも昨日一昨日で随分仲が良くなったみたいね?」

「え?」

「べ、別にそんなことはありません、ただ武器の練習をしただけです!」


 リネアは少し慌てたように否定する。

 が、エルナは首をかしげた。


「そう? 何か距離が近くなった気がするけど」

「き、気のせいです! 大体エルナとアルスだって随分仲がいいじゃないですか?」

「そ、そんなことはないわ!」


 今度はエルナの方が慌てて否定する。


「いや、そこはそんなに勢いよく否定しないでほしいのだが」

「ご、ごめん……」


 幸いエルナの動揺のおかげか、リネアが俺を呼び捨てするようになっていたのは気が付かなかったようだ。


 そんな話をしていると、ギルドには続々と冒険者が集まってくる。

 今回は俺たち以外にもたくさんの冒険者が参加するというが、どんなものだろうか。普段見慣れている姿も、見慣れない姿もあったが、みな一癖も二癖もありそうなやつらだ。仕事中に余計な問題が起きないといいが、などと思っていると。


 不意にリネアと同じシーフのような装備をした女性が近づいてくる。彼女は歳もリネアと同じぐらいだが、リネアより少し目つきが悪い。そして装備はリネアよりもぼろぼろで、苦労していることがうかがえる。

 そんな彼女の姿を見てリネアの表情が一瞬陰った。

 知り合いなのだろうかと思っていると、彼女の方からリネアに声をかける。


「久しぶり、リネア」

「セレン……久しぶり」


 普段からリネアの口調は硬いが、今は普段よりも少し硬いような気がする。

 二人の周囲には張りつめた空気が漂っているのが傍から見ても分かった。


「あ、あなたも冒険者になっていたの?」

「そうよ、あなたに置いていかれてから独力で冒険者になったのよ」


 セレン、と呼ばれた少女は棘のある口調で言う。

 リネアは負い目があるのか少し目を伏せた。


 確かリネアは貧しい家に生まれ、どうにかお金を捻出して冒険者になったと聞いた。セレンはその時の知り合いなのだろうか。


「でもあのときのお金はその後に返したわ」

「お金もそうだけど、あれほど一緒に冒険者になろうって言ったのに、先になっちゃうなんて!」

「それは確かに悪いと思ってる! でももし逆の立場だったらエレンはそうしなかった!?」

「そ、それは……あたしだったら絶対にあんなことはしなかった!」


 一瞬沈黙した後でセレンは叫ぶ。

 二人の間に一体何があったのだろうか。俺はちらりとエルナの方を見るが、エルナも知らないのか、黙って首を振る。


「ま、まあいいわ。悪いと思ってるなら今からでもあたしとパーティーを組んでくれるよね?」

「え?」


 意外な言葉にリネアは困惑した。


「セレンは今一人なの?」

「……一人ではないけど」


 そう言ってセレンは少しためらった後に後ろを指さす。

 そこには目つきの悪い大男と、黒いフードを目深にかかった魔術師風の男がいた。見た目だけの感想ではあるが、明らかに怪しい。

 少なくとも街中で見かけたら道を避けるレベルだ。


「で、でも見たところセレンは盗賊でしょ? だったら私とは役割が被る」

「それは盗賊が一番安いから。そうでしょ?」

「……」


 実際、職業には値段があり、一般的な冒険者が買うような職業だと盗賊が一番安い。だから金に困っている二人は盗賊を選んだのだろう。


「別に職業が被ったってそこまで困るものじゃない。まさかあのときの約束よりも、今は自分がいい人を見つけたから現在の環境を優先する、なんて言わないよね?」

「それは……」


 セレンの言葉にリネアは目を伏せる。

 セレンは自分の要求を通すためにわざときつい言い方をしている、そんな印象だ。そしてリネアはリネアで後ろめたいことがあるのか、歯切れが悪い。


 さすがに見ていられなくなったのか、エルナが割って入る。


「ちょっと、何があったか知らないけどリネアは今私のパーティーメンバーよ。任務前にそれ以上言うのはやめてくれない?」


 エルナが割って入るとセレンは一瞬気圧されたが、すぐに言い返す。


「あなたがリーダー? でもあたしは彼女がパーティーに入る前からの知り合いなんです」

「でも、今はうちのメンバーなの!」

「そうですか。では三十分だけ二人きりで話せてもらえませんか? まさかそれすらも断るなんて言わないよね?」


 そう言ってセレンは睨みつけるようにリネアを見る。

 するとリネアはこくりと頷いた。

 それを見てエルナの表情が強張る。


「ちょっと、変なことしないでしょうね!?」

「幼馴染ですからそんなことはしませんよ。彼女がいいと言っているんだからそれくらいいいでしょ?」

「……」


 そう言われるとさすがのエルナも反論することは出来ない。

 それに、リネアの反応を見る限り二人が仲が良かったのは事実のようだ。任務の前ということもあり、変なことにはならないだろう。

 俺もリネアを見るが、彼女は頷く。


「それじゃ決まりね」


 そう言ってセレンは彼女の手をとるとそのままどこかに消えていった。

 俺はちらりとセレンの仲間の様子をうかがったが、そちらも動く様子がないので本当に二人きりで話に行ったようだ。


「大丈夫かしら」


 エルナは不安げに言う。


「エルナは何か知っているのか?」

「いえ。あまり昔のことは語りたがらなかったから。色々あったのは察しがつくけど」

「そうか。でもリネアはエルナのことを慕っているようだし、きっと大丈夫だ」


 リネアが自分の意志でエルナから離れていくようなことはきっとない。

 今の俺にはそう言うことしか出来なかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る