誤算
少女が必要とする薬草は、街から大分離れた山の奥にあるらしくそこには様々な魔物が住んでおり、特に屈強な体のトロールは高ランクの冒険者であっても苦戦するという。
リネアが言っていた考えというのが何なのかは気になるが、エルナの前でこそこそ話す訳にもいかない。
山に辿り着くと、草木が生えないごつごつした山肌にゴブリンやウルフといったあまり強くない魔物もうろうろしている。
俺たちを見ると、ある者は襲い掛かってくるが、さっと逃げていくやつらもいる。襲ってきたゴブリンたちはすぐにエルナに一刀両断されてしまう。
改めて、エルナは強いんだなと思う。
「ストップ」
歩いていると、不意にリネアが叫び、俺たちは慌てて足を止める。
目をこらすと遠くにはゴブリンを棍棒で殴りつけているトロールの姿があった。俺たち人間は漠然と魔物を全員敵だと思っているが、魔物同士も別に味方という訳ではないのだろう。
今ならトロールの不意を打てるかもしれない。
「今のうちに仕掛けた方がいいんじゃない?」
「いえ、もう少し待ちましょう」
エルナは仕掛けたくてうずうずしているが、リネアは止める。なぜだろうと思っていると、やがてトロールはゴブリンの死体を引きずってどこかへ歩いていく。
リネアはその後をつけて歩いていった。
そして少し歩いたところで俺たちを手招きする。
見ると、トロールは山の中腹にある巣穴のようなところに入っていた。
「わざわざ相手の巣穴で戦うのは分が悪くない?」
エルナが首をかしげた。
が、リネアはポケットから薬剤のようなものを固めて作ったと思われる球を取り出す。
「これは火をつけて投げると大量の煙を出すものです。これを投げ込めばトロールは息が出来なくなって周囲が見えなくなり、狂乱した状態で出てくるでしょう。そこを罠にかけます」
そう言って今度はロープを取り出す。
「手の込んだ準備は出来ませんが、煙で前が見えない状態なら、張ってあるだけのロープにもかかるはずです」
「まあ、リネアがそう言うならそうかもだけど……」
どこか腑に落ちない様子でエルナが頷く。
「こういうのは珍しいのか?」
「そうね、いつもは相手の不意を突いてすぐに攻撃してたから」
「今回はトロールと戦うことを事前に想定していましたので」
そのためにわざわざ巣穴まで追跡したということか。どこか腑に落ちないが、リネアが言っていることが間違っているとも思えない。
リネアは手早く洞窟前にロープを張ると、「行きます!」と叫んで洞窟内に爆弾を投げ込む。
バン、という破裂音がして球が爆発し、洞窟内に煙が充満した。
すぐに中から騒ぎ立てるような声が聞こえてきて、トロールが狂ったように暴れ回る音がする。
「来ます!」
リネアが叫ぶと、トロールが洞窟内から物凄い勢いで駆けだしてくる。
どしんどしんという重い足音とともに、奴らが姿を現した。
「グオオオオオオオオオッ!」
咆哮とともに駆けだしてきたトロールは身長二メートルを超える褐色の巨人で、身長以上の大きさの棍棒を片手で軽々と振り回している。かすっただけでも致命傷を負いそうだ。
そんなトロールが洞窟から出ようとして、リネアが作ったロープに足を引っかける。
が。
狂乱したトロールは脚を引っかけたものの、そのままロープがを固定していた杭ごとロープを蹴飛ばしてしまう。
そして洞窟前で待機していた俺たちに気づく。
「グオオオオオッ!」
先ほどの煙の犯人が俺たちだと気づいたのだろう、恨みをこめて棍棒を振り上げる。
その様子を見てリネアの表情が変わった。
本当は罠にかかったところを狙うはずだったのに、狂乱したトロールと正面から戦うのではエルナも危ないかもしれないと思ったのだろう。
「えいっ」
エルナは臆することなくトロールの棍棒に自分の大剣を抜いて立ち向かう。
棍棒と大剣が交差したが、さすがのエルナも一対一でトロールには勝てない。
「ぐはっ」
勢いに乗ったトロールの棍棒がエルナに命中し、地面に叩きつけられる。
それを見てリネアの表情がさらに青ざめる。
自分が提案した作戦が失敗し、エルナが被害を受けたのだ。動揺するのも無理はないが、今はそれどころじゃない。
エルナが苦戦している以上リネアには動いてもらわなければ。
「早くリネアはトロールの背後に!」
「は、はい!」
俺の言葉にリネアは我に返る。そしてトロールの背後へと回った。
一方の俺はエルナを回復する。
「ヒール!」
「はんっ! んんっ!」
回復の魔法がエルナを包み、エルナはびくりと体を震わせて立ち上がる。
が、そこへ今度こそ止めを刺してくれようとばかりにトロールが棍棒を振り降ろす。
普段なら回復が終わったところで魔法を止めるのだが、今回は魔法をかけっぱなしにする。
「ふぁ、はぁ、はぁ……ちょ、とめなさいよこれぇ……」
「だめだ、やめた瞬間攻撃を受けたらどうするんだ!」
「そ、しょんなこといったってぇ……きゃあっ」
トロールの棍棒がエルナの肩に命中するが、その瞬間からダメージは回復していく。
が、体力は回復しているものの今度はヒールの副作用で体を震わせている。そして俺を睨みつけながら叫んだ。
「こ、このまま戦えって言うの!? この鬼畜! へんたいまじゅちゅしぃ……」
「何とでも言え! トロールを倒したらいくらでも罵倒されてやる」
「しょんなぁ……」
そうは言いつつもエルナは剣を振っている。
普段でさえ回復魔法に過剰反応しているのにそれをかけっぱなしにしたまま戦うのはさすがに難しいか。だがエルナは懸命に剣を振ってトロールに対抗する。
トロールは容赦なく攻撃するが、何度攻撃を当ててもエルナが動きを止めないので次第に焦りが見えてくる。
その時だった。
「せいっ」
たたっとトロールの背中を駆けあがったリネアはトロールの首筋に短剣をぶすりと叩き込む。エルナを攻撃するのに夢中になっていたトロールはリネアの一撃をあっさりと急所に受けてしまったのか、ばたりとその場に倒れた。
こうして途中背筋は凍りついたもののどうにか俺たちは勝利したのだった。
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