やっぱり俺の魔法は何かおかしい

「うっ、魔法お願いします!」


 さて、回復したエルナがウルフたちに反転攻勢に出た一方、リネアもウルフたちに苦戦していた。リネアはどちらかというと身柄さを生かして戦うスタイルだったが、囲まれてしまえばどうしても動きが制約され、敵の攻撃を受けてしまう。

 どうにか致命傷は避けていたものの、彼女も体中に小さい傷が出来ていた。


 自分の戦いで精一杯でエルナに起こった異変に気付いていなかったであろうリネアは俺に助けを求めてくる。

 エルナのヒールを受けたときの反応を思い出して一瞬躊躇するが、回復していたのは間違いない。ここは使うしかないだろう。


「ヒール!」


 俺は先ほどと同じようにリネアに魔法をかける。

 今回は先ほどと違って体を焼き尽くすような熱さはなかった。ただ、魔力量はさっきと同じぐらいである。

 ただ、体が馴染んだせいか今回はスムーズに使うことができた。


「えっ?」


 それを見たリネアが一瞬困惑するが、俺の体から放出された膨大な魔力がリネアの体を包み込む。

 するとリネアは声こそあげなかったものの、びくりと体を震わせた。


「んっ!」


 が、声は抑えたものの普段は感情が読めないリネアの表情が一瞬快感で緩んでいたのを見てしまった。

 やはり俺のヒールは何か失敗しているのだろうか?


「お、おい、リネア、大丈夫か?」

「だ、大丈夫ですが、何っこれぇ……! すごいですっ、あ、明らかにっ、ただの、んっ、か。回復じゃありませんっ……」


 リネアはヒールをかけて体力が回復しているはずなのに、顔を真っ赤にして息も絶え絶えといった様子で答える。明らかに様子がおかしい。

 俺は彼女の傷が全部なくなったのを見て慌てて魔法を止めた。するとリネアはほっとしたように息を吐く。


「はぁっ、はぁ……」

「だ、大丈夫か?」

「はい、全快しました」


 ヒール中とは打って変わってきりっとした口調で答えが返ってきたので俺は安心した。

 そしてリネアはこれまでよりもキレが増した動きでウルフたちと戦う。




 そんな二人の奮戦の甲斐あって、ほどなくしてウルフたちのうち半数ほどが倒れ、残りは逃亡に転じた。


「やったわ!」


 それを見てエルナが拳を握りしめて喜ぶ。

 が、リネアは冷静に言う。


「追いかけた方がよくないでしょうか? 向こうは今疲労しているので好機です」

「で、でも戦いを続ければまたあの回復魔法が……」


 エルナはそう言って、俺の魔法を思い出したのか顔を赤くしている。

 やはりよく分からない副作用がある魔法をかけられるのは不安なのだろう、と申し訳ない気持ちになる。

 が、リネアの方は強気だった。


「それはそうですが、今はまたとない好機です」

「でももう一戦すれば、多分途中でまた回復することになるわ」

「はい」

「り、リネアはあんな魔法かけられて大丈夫だったの?」

「きもちよ……い、いえっ、きちんと回復してたので大丈夫です……///」


 リネアも俺の魔法を思い出してか、ほんのりと顔を赤くしながら答える。明らかに、回復魔法について訊かれたときのリアクションではない。

 それを見てしぶっていたエルナも覚悟を決めたように頷く。


「し、仕方ないわっ、あいつを問い詰めるのはウルフを全部毛皮にしてからにするわよ!」

「そうですね。尋問は得意です」


 リネアが少し怖いことを言うが、追撃すると言うなら俺はそれに従うしかない。


「アルス、あんたの魔力は残っているんでしょうね?」


 いつもなら魔法を数回使うと何もできなくなってしまうが、今日は何かが目覚めたせいなのか、魔力が有り余っていた。

 自分でも自分に何が起こっているのか分からないが、二人を安心させるために自信満々に言う。


「もちろんだ、今日は調子がいいから何回でも魔法が使えそうだ!」

「調子がいいって、あんたね……」


 エルナは俺をギロリと睨みつける。

 まずい、パーティーを組む前から悪かった印象が魔法のせいでさらに悪くなってしまっている。


 とはいえ、エルナが先頭きってウルフの群れを追い始めたので俺もそれに続く。

 ウルフたちはそれから少し走ったところにある川辺で水を飲んで休んでいた。普通ならウルフは人間よりも足が速いが、向こうは疲労しているようだった。

 そして俺たちを見ると、逃げるのではなく牙を剥いてくる。


「手負いの獣は手強いと言うわ、気を付けてリネア! あと、アルスは……言ったらちゃんと回復魔法をかけなさい!」


 エルナは回復魔法について頼む前に一瞬ためらう。

 確かに変な効果がある魔法をいきなりかけられると逆に邪魔になってしまうだろう。


「分かった!」


 とはいえエルナは俺の答えも待たずに先頭にたって斬りかかっていった。ウルフたちも負傷して気が立っているせいか、猛然と牙を剥いて反撃してくる。


 すぐに激しい戦いになり、エルナとリネアの攻撃でウルフたちはばたばたと倒れていくが、二人の体にも瞬く間に傷が増えていく。


「回復お願いします!」

「分かった! ヒール!」


 先に叫んだのはリネアだった。すぐに俺はヒールをかける。

 再び膨大な魔力の魔法がリネアの体を包む。


「んんっ♡ やっぱりっ、これすごい! 熱いものが私の体を包み込んでますっ!」


 リネアが不穏なことを口走り始めたので俺はすぐに魔法を止める。

 やっぱり何度見ても普通のヒールをかけられた反応ではない。

 よく分からないが、回復力が高すぎるせいで体の機能が活性化して変な感じになるのだろうか?


「ありがとうございますっ」


 リネアは一言礼を言うと、回復する直前とは別人のような動きのキレを取り戻す。どうやら回復は傷を癒すだけでなく疲労も取り去っているらしい。普通のFランク魔術師の回復魔法は疲労をとりさるどころか、一回の魔法で一つの傷を治すぐらいの効果しかないのに何でこんなことになっているのだろうか。


 一方エルナの方を見ると、彼女は最初こそ敵を圧倒していたが、全身に傷を負い、疲労と痛みで動きが鈍っていた。

 しかし時折俺の方をちらちらと見るだけで、なかなか回復を頼んでこない。


 その間にもエルナはウルフの攻撃を受けて傷が増えている。だめだ、このまま放っておくことは出来ない。

 それに回復を頼まれれば必ずかけろとは言われたが、頼まれてないのにかけるなとは言われていない。


「悪い、エルナ、かけるぞ!」

「えっ、ちょっ、それは心の準備がっ」

「ヒール!」


 結局、俺は勝手にヒールをかけてしまった。

 俺の詠唱を聞いたエルナはこちらを向いて睨みつける。


「ちょっ、それまだ頼んでない、勝手なことなんてしないで……はあああんっ、これだめぇ、こんなの無理なんだからぁっ!」


 彼女はいつものように俺を怒鳴りつけようとしたが、魔法がかかった瞬間目つきがとろんとして表情の険しさはどこかに吹き飛んでしまい、まるで別人のようにだらしない表情になってしまう。

 そして傷の方はみるみるうちに全て消えていった。


 それを見て俺はすぐに魔法を止める。

 するとエルナも正気に戻り、俺を睨みつける。


「はあ、はあ、はあ……全く、勝手なことをしてっ!」

「それよりも後ろ!」


 エルナが俺に怒りを燃やしている間にエルナの後ろからウルフが襲い掛かってくる。

 エルナは俺を睨みつけたまま右腕の肘を引いて肘鉄を食らわせる。不意を突いたつもりだったウルフは吹き飛ばされていった。

 完全に回復したどころか、怒りのせいでさらにパワーアップしている気がする。


「ふん、戦いが終わったら覚えてなさいよっ!?」


 そう言ってエルナは戦いに戻っていく。


 この後さっきのウルフのように俺が吹き飛ばされないといいのだが、と思いつつ俺は彼女の戦いを見守るのだった。

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