覚醒

「では私たちがしている任務を説明するわ。毛皮商人からの依頼で、急遽ウルフの毛皮が大量に必要になり、その期限があと三日なの。達成するためにはあと二十体はウルフを倒さなければいけないわ」

「あと三日で二十体か、確かに大変だな」


「そうよ。でもマリーがいれば余裕だったわ。私もリネアもこう見えても結構強いし」

「そうですね。ただ、ウルフは基本的に群れを作って戦う魔物。いくら腕が立っても四方八方から襲われれば少しずつ怪我していくことは避けられません。ですから回復役が不可欠なのです。逆に言えば回復役さえいれば十分戦えます」

「そうか」


 俺は頷く。


 この世界では十歳を超えた子供は教会に行って手続きすると誰でも望む「職業」を手に入れることが出来る。

 「職業」には「農夫」「毛皮商人」といった一般的なものから、「剣士」や俺が持っている「支援魔術師」のような戦闘の役に立つものまで様々なものが存在する。


 ただ、手続きには一つだけ問題があった。

 対価として、神殿に“寄付”をしなければならないことだ。定められている金額(寄付なのに定められているというのもおかしいが)は職業によって違い、戦闘職は高く、俺のように魔法系の職業はかなり値が張ったりする。だからこそちょっと魔法が使えないぐらいで冒険者をやめる訳にはいかないという事情もある。

 冒険者は一攫千金の憧れを持たれる反面、最初にまとまったお金が必要でしかも命の危険があるため、なり手は多くない。

 そして冒険者はすぐにパーティーを組むため、あぶれている人は多くないのだ。


 また、「職業」にはランクがあり、1つランクが上がるごとに「スキル」を取得することが出来る。例えば、俺はまだ初期のFランクのままだが「回復魔法」のスキルを持っているために回復魔法を使える……はずだ、本来は。


 ちなみに「支援魔術師」の職業を選んだのは占いでおすすめされたからなのだが、俺はもう占いを信じないことに決めた。

 ランクが上がれば強化や防御などの魔法を使うためのスキルも取得できるはずなのだが、ランクをあげるためにはその職業に見合った働き、俺なら味方を回復や支援する必要があるためなかなかレベルが上がらない。


 だから魔術師だからといって、皆が回復魔法を使えるという訳でもない。

 そういう訳で日数が限られている任務のためには俺のようなぽっと出の人物でもパーティーに加える必要があると判断したのだろう。


「じゃあそうと決まったところで早速行くわよ。回復をかけるタイミングは私たちが指示するから、絶対にその時は魔法をかけてよね?」

「分かった」


 パーティーというよりは手下のような扱いだが仕方ない。エルナの目つきはだめな部下に念を押す上司のようだ。

 むしろ変に期待された方がボロが出やすくなってしまうだろう。

 どうにかこの依頼だけでもクリアして報酬をもらわなければ。

 そんな決意をしつつ、俺は二人とともにウルフがしばしば出没するという平原に向かって歩く。


 リネアが無口で、エルナが俺をあまりよく思っておらず、俺は俺で自分の魔法に不安を抱いているため、会話はほとんどないまま街を出て、ウルフが出るという平原へ歩いていく。


 街のすぐ近くには街道があり、旅人や商人が行き来しているが、少し離れると人影はなくなり、遠くには魔物の姿もちらほら見えるようになっていく。


「来ました」


 少し歩いたところでリネアが短く言う。

 シーフである彼女は感覚が鋭いのだろう、俺が気づく前にリネアは戦闘態勢をとっていた。

 それを聞いてそれまでぶらぶら歩いていたエルナも戦闘モードに変わる。ゴードンたちも腕はかなり立ったが、今のエルナもそれに勝るとも劣らない。


 そして、すぐに目の前に十体以上のウルフの群れが現れる。

 彼らは横に広がると、俺たちを囲むように襲い掛かってくる。


「ふん、返り討ちにしてあげるわ!」


 エルナは大きな剣を抜くと、それを振り上げて正面のウルフに斬りかかる。


 ワオオオオオオオーン!!


 ウルフの方も咆哮をあげてこちらに襲い掛かってくる。


「喰らえっ」


 エルナの剣が降り降ろされると、戦闘のウルフは眉間に一撃を喰らってその場に倒れる。ウルフの赤い血がぱっとその場に飛び散った。

 が、その隙に左右から別のウルフが襲い掛かってくる。時を同じくして他のウルフがリネアに襲い掛かり、助けに向かうことも出来ない。


 エルナは素早く剣を振るうと右からやってくるウルフを払いのけたが、左からやってきたウルフには対処しきれず、腕に噛みつかれてしまう。


「くそっ!」


 すぐにエルナは右手の剣を振ると左のウルフも逃げていくが、エルナの左手からは血が滴ったままだ。


「回復して!」


 エルナはウルフに剣を向けながら叫ぶ。

 出来れば無傷で勝ってほしいと思ってたが、やはりこの時がきてしまったか。これでまた魔法が発動しなければ、と思うと前のパーティーでの出来事の数々が脳裏をよぎる。

 いや、それだけでない。

 せっかくこんな俺をパーティーに入れくれた二人に対しても恩を仇で返すことになってしまう。


「ヒール!」


 もうこれ以上失望されたくない、頼む、ちゃんとかかってくれ、と祈りながら俺は魔法をかける。


 すると。これまで魔法を使おうとして失敗してきたときとは明らかに違う感覚を覚える。

 次の瞬間、まるで体の中心が爆発するような感覚とともに、何かが俺の体内からひっきりなしにあふれ出す。


「うぅ、あ、熱いっ!」


 まるで燃え盛る炎が体内からあふれ出すような熱さとともに、これまでとは打って変わって大量の魔力が俺の体から放出される。

 こんな感覚はこれまで感じたことがない。

 だが今俺の体を焼き尽くすほどのエネルギーとともに発されているのは紛れもなく、全て俺の魔力だった。


「これが、俺の魔力?」


 そして俺の体からあふれ出した魔力はまるで光の奔流のようにエルナの方に向かっていく。

 何で急にこんな威力が強まったんだ?


「きゃあっ!?」


 明らかにただのヒールを越えた魔力量にエルナも驚きの声をあげる。

 一体何が起こっているんだ、と首をかしげるが、俺の大魔力に包まれたエルナの左腕はあっという間に血が止まっていた。

 ひとまず良かった、と思うが何やらエルナの様子がおかしい。


「ああんっ、な、何これぇ……すごい……! こ、こんなすごいヒール初めてっ、か、体がおかしくなりそう……///」


 ヒールで体力を回復したせいかエルナは血色がよくなり、気持ちよさそうな声をあげる。いや、気持ちよさそう、というのはかなり遠回りな表現だ。

 もっと正確に、直接的に言うならエロい、とか色っぽい、と言うべきだろう。


 普通のヒールでも体が治っている以上ある程度の快感はあるのだろうが、ただのヒールでここまでの反応をしているのは見たことがない。

 これも魔力が多すぎたせいなのか?


「危ない!」


 そこへ右手からウルフが襲い掛かり、エルナの右肩に噛みつく。


「きゃあっ、いた……くない!?」


 エルナの口から出てきた悲鳴はとても魔物に噛まれたときの悲鳴とは思えない色っぽいものだった。そしてすぐにエルナは落ち着く。

 右肩からは血が飛び散ったが、全然痛みはなさそうだし、なおも俺の体から溢れ続ける魔力により傷口が塞がっていくのが見える。

 そんな自分の体に彼女は自分でも驚いているようだった。


 そこで俺は慌ててヒールを止める。

 エルナの体を包む魔力は消え、全回復していた。


 そこへ手負いの相手とみたウルフたちが今度は二体同時に襲い掛かってくる。が、ヒールが終わるとすぐにエルナは元の戦闘モードへと戻る。


「喰らえっ!」


 エルナは大剣を振り回す。

 すると続けざまに二体のウルフは弾き飛ばされていった。とても先ほど左腕と右肩を負傷した人間の動きとは思えない。


「何これ……訳分かんない!」


 そう叫びながらエルナは残ったウルフたちとの戦いを続けるのだった。

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