第33話 300年前の婚約破棄

 イゾルデ嬢から事情を聞いた私はその日の夜に、父と母から執務室に呼ばれた。


 「アナトーリア、フェルナンド殿下、実はドル―マン侯爵夫人から来た手紙には、映像魔導具が一緒に送られてきた。これは今回の出来事にも関係ある事だから、一緒に見て欲しい」


 「はい」


 「ああ、分かった」


 父が母から映像魔導具を受け取って、再生した。当時の映像なので一部再生できない所もあったが、音声だけは拾えている。


 だが、私達はその300年前の映像にフェルナンド殿下そっくりの王弟の姿にこれは仕組まれた事なのだと理解した。きっと、父は計画された物なのだと考えたに違いない。フェルナンド殿下が生まれた時から始まっていると──


 映像は途切れ途切れだが、王宮の様子が映し出されていた。当時、この国は建国したばかりで魔法使いも魔女も普通に存在していた。そこに現れたのが異世界からの『落ち人』と呼ばれる少女だった。彼女は突如、空から降って来たかのように王都近くの神殿に姿を現した。その名を『春日優依』と言って黒髪黒目の可愛らしい少女。


 彼女はここは「乙女ゲームの世界」だといい、自分は選ばれしヒロインなのだと主張していた。男爵家の養女となり『聖女』として多くの異性を虜にしていった。その中でも当時の王太子やその側近らとは親密で、口付け以上の関係はなかったようだが、彼らは何処か薬物中毒患者の様な目で彼女に傾倒していった。


 王太子の婚約者の侯爵令嬢を断罪している時の彼女の顔は愉悦にまみれていた。まるで、生きている人間を相手にしている様には思えない程だった。それ程顔を背けたくなるくらい暴行を加え、最後は処刑しようとしていた。


 その蛮行を止めたのがエイバン侯爵家の嫡男だった。彼は侯爵令嬢の冤罪を晴らして、断罪した王太子と優依らを王命で捕らえることに成功した。


 だが、問題はその映像に映し出された指輪。その映像を見た時、父やフェルナンド殿下の顔色が変わった。


 「これは、同じじゃあないのか。まさか……」


 その映像で、優依と名乗る異世界人が「これは私達を幸せにしてくれる特別なアイテムよ」と言って彼らに渡していたもの。アイテムは優依に強請られて王太子が特別に作った物だった。数は全部で5つあり、それぞれが同じ文様が刻まれていた。


 侯爵令嬢は冤罪を晴らせ、王弟フェルナンドと婚姻し侯爵家を継いだのだ。そして、彼女を断罪した王太子らは魔力を封じられ、魔法の研究材料に使われた。あの指輪にはその思念を植え込んでいる。


 誰が関わっているのかは分かっているがはっきりとした証拠がない。


 「本当に何から何まで同じだ。19年前の時と…あの時も一歩間違えばレジーナ皇妃の命はなかった。第一王妃サラの指示でレジーナ皇妃は死刑にされる所だったのだから、あの指輪を当時王太子だったレアンドル陛下に渡したのは第一王妃だ。その後、指輪の効果が切れて正気に戻っても、王妃の腹の中にはアルフォンソ殿下がいた。だから処罰が出来なかったし、指輪を渡しただけで、王妃もそれに呪いがかかっているとは知らなかった。だが、レジーナ皇妃を失った陛下は、第一王妃の元に通う事はなかった。それはアルフォンソ殿下が生まれた後でも同じだ」


 私は父の言葉を聞いて、アルフォンソ殿下がずっと冷遇された王子だったのだと悟った。


 だから何処か諦めたような寂しい表情をしていたのね。


 記憶にない私には一年間だけの婚約者だったアルフォンソ殿下の事しか分からない。彼の生い立ちを知ってもお気の毒だと言う同情はあっても愛情はなかった。だから、アルフォンソ殿下も今度こそ想い合える方に出会って幸せになって欲しいと改めて思った。

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