第31話 贈り物

 エレイナが、用を思い出したとサロンを去った後、アナトーリアは話の本筋を切り出した。


 「そういえば、ドル―マン侯爵令嬢は、私に何か他に言いたいことがあったのでないのですか」


 「はい、実は学園編入前、第二王妃殿下の呼び出しがあり、王宮に行ったのですが、その時にちらりと聞こえてきた事をお伝えしようと。ベンガリー公爵令嬢を第二王子と婚約させ、王弟殿下にはマルロー公爵令嬢を新たな婚約者に据えると、そして第一王子殿下にローガン侯爵令嬢を宛がうという密談がされていました。ですから、私を利用したのは目くらましなのです。陛下は母、メリンダがアステカの魔女だという事を知っていますが、王妃殿下や王子殿下方はご存じありません。もし、知っているならそのような事を企む事は無いでしょう」


 「では、私は両家から恨まれているという事ですか」


 「はい、ですので、王弟殿下との噂のある私と対立しておけばある程度の盾にはなるのではと考えています」


 「そうだったのですね」


 「やっぱり、嫌な人達ね。だから私は嫌いなのよ」


 キャサリンはきっぱりと言ってのけた。アナトーリアは、自己紹介の時の彼女らの冷ややかな目線と嘲笑うかのような表情を思い出し、背中が凍りつくのを感じた。二人とも高位貴族で片方は同じ公爵家、もう一方はエイバン侯爵家と肩を並べる魔法使いの一族、当然令嬢も魔力がある。


 「ローガン侯爵家か……やはりあの家が黙っているはずないよな」


 レイナードが珍しく呟いている。それもそのはずローガン侯爵家とエイバン侯爵家は因縁のあるライバル貴族。二家共に同じ立ち位置の魔法一族で、魔塔の主の座を争っている。近年はエイバン家の者がその座に着くことが多いが以前はローガン侯爵家がその座にいた。フェルナンドの名付け親はローガン前侯爵なのだ。どう考えても意図的にこの名前を付けたとしか思えない。


 「きっと何かしら仕掛けてくると思われますので、これを護身用にお使いください」


 イゾルデは、金色の魔石の着いたペンダントをアナトーリアに渡した。


 「これは7、何なのです?」


 「これは毒消し効果のある魔道具です。もし、ベンガリー公爵令嬢が毒を呑んだ場合、この魔石が反応して咄嗟に毒を消す仕組みになっていますが、ただ一つだけ効果のない毒があります。それは『魔女殺し』と呼ばれる薬草から採れる毒で、これについてはまだ未知数なのです。どのくらい効果があるのか分からないので、ご注意ください。もし毒が入れられた場合、ハンカチなどで含ませた物に魔石を置き、黒く変色すれば毒が入っている事を示します」


 「そこまで、注意しなくても大丈夫なのでは?」


 キャサリンがそう言うとイゾルデは、


 「これをご覧下さい」


 そう言ってある本を取り出した。本のタイトルを見てフェルナンドとアナトーリアは気まずい雰囲気になった。それは例の『田舎貴族は侯爵令息に溺愛される』と書いてあったからだ。


 くそっ!この本、国中に出回っているのか?でもなんで今、この本に関係しているんだ。おかしいだろう?


 フェルナンドはアナトーリアとの顔合わせのしくじりを思い出し顔が引きつっている。一方アナトーリアもフェルナンドにされた事を思い出したのか真っ赤になり始めた。


 「これは目くらましです。この本の中身が重要なのです。中をご覧ください」


 フェルナンドが触れると、本のタイトルが変わり、古い魔導書になった。中に書かれているのは黒魔術の様で、複雑な魔法陣の術式を見て、高度魔法が扱える者にしか使えないようなものばかりだった。


 「これを一体何処から持ってきたんだ!これは禁書の部類の物だ!世界中で禁止している。持っているだけで罪に問われる」


 「そうです。それを屋敷の書庫の奥に隠される様にありました。表は先ほど見た様な仕掛けが施されているので、一見見ただけでは魔導書だとは分からないでしょう。しかし、殿下の様に高度魔法を学んだ者には分かる様になっています。この国の辺境は持ち回りですよね。10年毎に担当領地が変わる事になっています。ドル―マン侯爵家の前の領主は誰でしたか?」


 フェルナンドとダイルは知っている。


 「ローガン侯爵家だ──っ、ならこの本の持ち主はローガン侯爵家の誰かなのか」


 「そう言う事になります。最期のページに持ち主の印が書かれてありますから、これは魔法契約をした本です。この本を引用した者が居ればすぐさま通報できるようにしてあります。母がそれを見抜いて、陛下に届ける様に指示されました」


 「陛下に?何故?」


 「それは、エイバン家同様に陛下も母に借りがあるからです。19年前にレジーナ・エイバン侯爵令嬢を隣国の皇太子の元に行かせる指示を出したのは、他ならぬレアンドル国王陛下だからです。一刻を争う事態だったので、魔女の手を借りるしかなかったと聞いております」


 「じゃあ、ドル―マン侯爵家にこれを置いたのは、一体誰を陥れる為にしたんだ」


 「まだお気づきにならないのですね。勿論、フェルナンド王弟殿下に決まっているでしょう?元々、フェルナンド殿下を上手く利用するために仕掛けたのに、途中ベンガリー前公爵とエイバン侯爵に邪魔をされて、ローガン侯爵の任期中には王弟殿下をカンザスに来させられなかった。仕方がなので、いつか殿下がその本を手にした時に罠が発動するように仕掛けておいたのです。しかし、それよりも早く母が見つけて、呪いを解いてしまっている。焦っているローガン侯爵家はきっとベンガリー公爵令嬢と王弟殿下に何か仕掛けてくることは間違いありません」


 「でも、もう一つ問題がある。君はそれをどうやって知ることが出来るんだ」


 「案外簡単ですよ。ほらこの屋敷にも放っている。見ない様に──」


 イゾルデが指を鳴らすと、耳の形に羽が生えた奇妙な物が空中を漂っていた。


 「うへー気持ち悪いな」


 ダイルとレイナードが吐く真似をし、アナトーリアとキャサリンは顔を背けた。まあ、確かに見栄えの良いものではない事は間違いない。


 「実は、私は魔導具を作るのが趣味で、これを売る為のルートを公爵様にお力添えをしてほしいのです。ですので、大切なかね…いえ仲介相手となる公爵家の令嬢に危害を加える愚かな事は致しませんのでご安心ください」


 『ほほほ』と微笑んでいるが、今『金蔓』と言おうとしたことをその場の全員が気付いている。全員、まだ空中を漂っているこの不気味な耳を早く片付けて欲しいと思いながら、イゾルデの方を見ているが、素知らぬ顔をしながらイゾルデは出されたお茶に口を付けていた。

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