第30話 約束

 アステカの魔女は、太古の魔法を操れる希少な一族で、存在すら確認できない程の幻の魔女。その魔法は女子のみが継承し、男子は種子を女性の身体を通して、女の子供に継承される事になっている。つまり、フェルナンドはその種を持っていて、順当にいけばアナトーリアの子供は魔女として生まれることになる。だが、この国では女子が魔法を学ぶことも使う事も禁じられている。


 唯一の方法は、アステカ国に移住するしかない。


 「王弟殿下が竜殺しの英雄となれたのは、貴方の中の血、アステカの魔女の血の継承者だからこそできたのです。普通の人間なら神にも等しいドラゴンを殺した段階で呪いを貰っています。そうならなかったのはその宝石眼のお蔭でもあります。殿下の宝石眼は『浄化』や『癒し』が使える光属性の黄金の瞳なのですから。その上、貴方の母君は強い血統の持ち主で、恐らくその事を前国王陛下は知っておられたのでしょう。だから、貴方を王太子に据えようとしたのではと母が言っておりました。魔女の血を王家に取り込むために、でも失敗したので、今度は私を取り込もうとしている様です」


 暫く、エレイナとイゾルデの会話を聞いていたアナトーリアは


 「エイバン家に対する『借り』とは何なのですか?」


 「それは19年前、姉のレジーナを隣国カンパチェ皇国に逃がす手助けをして貰ったの。その際に契約をしたのよ。『いつか、困ったことがあったら助ける』というね」


 「ですがお母様、魔女なら私達の手助け等必要ないのでは?」


 「それは魔法に関してはでしょう?でも貴族社会では手助けが必要な事もあるわ」


 「今、手助けしなくてもいいのですか?第二王子との婚約話が出ているのでしょう?」


 「ベンガリー公爵令嬢、ありがとうございます。まだ第二王子が王太子に指名されるとは限らないのです。母が言うには一年後に状況は変わっているから、早計な行動は慎む様に昨夜『爆発手紙メール』が届いたばかりです。本当ならダイル様に恋人の振りをして貰おうかと思っていたのが、残念です」


 イゾルデはダイルの方をちらりと見て、項垂れていた。


 アナトーリアには、その姿が猫が叱られて耳を垂れ下げている様に見えたのだ。


 「大体の事情は分かったが、俺はまだ君の言い分を信じられない。暫くは監視させてもらう。いいな」


 フェルナンドは、長年の噂を否定しないし、逆に煽っている事さえあったイゾルデを容易く信用する事はできなかった。


 「それは勿論です。私を止められるとしたら、母か殿下くらいですから、それ程、私の魔力も強いのです。例え、稀代の天才と云われるヨハネス・エイバン侯爵でも私が暴走した場合止める事は、不可能でしょうから」


 「お兄さまヨハネスにも止められない程の魔力を持っているなら、確かに王家が欲しがるわね」


 「それと、後で母が爆発手紙メールを公爵夫人宛に送ると言っていましたから、直ぐに来るかと思います」


 イゾルデは申し訳なさそうに、エレイナの方を見ていた。


 爆発手紙メールとは、盗難や盗み見る事を禁じる為に開発された手紙で、手紙には魔法の導火線が付いている。もし、仮に宛名以外の人間が開けた場合、文字通り導火線に火がついて爆発する仕組みになっている。


 爆発の威力で気絶程度に済めばまだましで、手足が無くなった人間もいるし、重要機密が書かれた手紙だと爆死した者もいる程、危険極まりない迷惑手紙なのだ。その爆発手紙メールを公爵家に送って来ると言うのだから、メリンダは肝が据わっているのだろう。


 そこへ、執事が慌てて手紙が来たことをエレイナに告げたのだ。導火線に魔法の火が付いていない様子から、この屋敷の使用人は、信用に値する者達ばかりなのだなあとイゾルデは考えていた。


 エレイナが手紙を開けて、中を確認するとメリンダから『予言能力』で見た内容が書かれていた。


 「夫が帰ってきたら、直ぐに相談して対処するように伝えるわ。アナトーリア、いい先ほどイゾルデ嬢の言った事を実行しなさい。学園ではイゾルデ嬢とは仲の悪い振りをすると言う事を……」


 顔色を悪くしたエレイナは、執事に「旦那様に直ぐにお戻り頂いて」と指示していた。


 その慌てた様子に只ならぬ気配を感じながらアナトーリアはフェルナンドの方を見ていた。フェルナンドは「大丈夫だから」そう言う様にアナトーリアに優しい視線を向けていた。

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