第28話 呼び出し
イゾルデは自己紹介の後、アナトーリアの隣の席に付く様に言われた。
「初めまして、宜しくお願いします」
丁寧なアナトーリアと対照的に
「貴女が元王太子殿下の婚約者だった方?結構に地味なんですのね」
と喧嘩を売る様に高飛車な態度で、挨拶もそこそこに席に着いた。そして態と本を落とし、アナトーリアがそれを拾おうとした時、イゾルデは本の間にメモを挟んだのだ。
アナトーリアがそのメモを開くと
──休憩時間に実習室に来て欲しい
そう書かれていた。こんな呼び出しに素直に応じるはずがないのに、イゾルデはアナトーリアならきっと来ると確信していた。
教室でのやり取りをマルロー公爵令嬢とローガン侯爵令嬢が口元を歪めながら、アナトーリアに不敵な笑みを見せている。キャサリンはこの二人が嫌いで、アナトーリアに何か仕掛けないか、いつも以上に警戒を強める事にした。
授業が終わって、アナトーリアはキャサリンに先ほどのメモを見せると、
「無視するとある事無い事言われるかも知れないので、私も念の為に一緒に付いていきます」
そう言われ、アナトーリアはキャサリンと一緒に実習室に行くと
「あら、レイガン侯爵令嬢も一緒なんですね。家の特産品を持ってきたので、味見してください」
そう言って、部屋には彼女が持参したお菓子やらお茶が用意してあった。先ほどの高圧的な態度とは違い、柔らかな表情をしたイゾルデに二人は戸惑いを見せていた。
「どうぞ、お座りください。お二人にお願いがあるのです」
そう促され、二人は顔を見合わせながら、席に着いたのだった。
「一体、教室の貴女と今の貴女はどちらが本当の貴女なんですか?」
アナトーリアに質問されたイゾルデは、
「これが素の私なんです。色々噂されていますが、本当は結構小心者で、この出で立ちは所謂戦闘服なんです。ずっとこれで通してきたので、今更中々変えられないんです。でも、お二人には協力者になって頂きたいので、素を見せることにしましたの」
「素ですか……」
「で、お願い事とはなんですの?」
キャサリンは訝しみながら聞き返すと、イゾルデは声を潜めて辺りを見回しながら、
「教室では仲が悪い振りをしてほしいのです。他の方に聞かれたら、私に意地悪をされていると言ってもらえないでしょうか?そうしないとベンガリー公爵令嬢に危害を加えようとする者が出てくるので……」
「危害を…それはそう言う事なのです!」
「しっ、レイガン侯爵令嬢、声が大きいですわ。今は詳しい事は申し上げられませんが、後日ベンガリー公爵家にお邪魔しても宜しいでしょうか?その時に詳しい事情をお話しします。でも本当に他の方には絶対に私と対立していると仰って下さいね。それだけは守ってください」
真剣な表情で告げるイゾルデのその様子に、アナトーリア達も口裏を合わせる事に同意したのだ。そして、詳しい事情を聞く為に、彼女を次の休日に公爵家に招くことにした。勿論キャサリンとレイナードも当日、公爵家に訪問する約束をすることになった。
アナトーリアとキャサリンはイゾルデに言われた通り、他の令嬢等に聞かれてもイゾルデとは仲が悪いと答えていた。
一週間後、約束通りイゾルデは公爵家を訪れたのだが、彼女は辻馬車で麦わら帽子に茶色の髪を三つ編みにし、平民の物売りの格好でやって来たのだ。
しかも化粧をしていないイゾルデの素顔はとても愛らしかったのだ。
「ご招待いただきましてありがとうございます」
そう言って、アナトーリアに挨拶する姿はどこから見ても普通の令嬢で、とても噂の人物と同一だとは誰も気付かない程だった。
現にフェルナンドも「誰?」と不思議そうな顔を見せている。ダイルだけは彼女がイゾルデ・ドル―マン侯爵令嬢その人だと認識していた。
イゾルデをサロンに案内すると、先に来ていたキャサリンとレイナードは唖然とした表情で
「貴女一体誰なの?」
と呟いていた。そんな二人にイゾルデはにっこりと微笑んでいる。その顔は悪戯が成功した子供の様な表情だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます