第26話 嵐の予感
次の日、前日の豪雨で一部の街道が土砂で埋まっていて、立ち往生をしている馬車に出くわした。
「殿下、土砂で通行がしにくくなっております。迂回して別の道を行きましょうか」
「特に急ぐこともないから別段構わない。それよりも立ち往生している馬車を助ける為にも復興に手を貸してやってくれ」
そう従者に言いつけると、自分も自ら馬車を降りて土砂の一部を魔法で運んだ。アルフォンソは土系の魔法が得意な為、復興作業は大いに捗った。すると、立ち往生している馬車から威勢の良い令嬢が飛び出してきて
「貴方が土砂を片付けてくれたの?感謝するわ。私は先を急いでいたの。後でお礼をさせて頂くから名前を名のりなさい」
随分と高飛車な物の言い方をする令嬢で、彼女の縦ロールに巻いた深紅の髪が更に強烈な印象を植え付けた。
今時縦ロールなんて、どこの時代遅れの令嬢なんだ?王都では見た事もない顔だが…
アルフォンソが見た事もないのは当たり前、彼女こそイゾルデ・ドル―マン侯爵令嬢。辺境地カンザスを治めているドル―マン侯爵家の一人娘なのだ。この国の貴族名鑑は写真などは載せていない。だから特徴と名前で判断するしかないのだが、赤い髪は幾つかの貴族の特徴なので、断定はできなかった。
「別に名乗る程の事でもないから、お礼は言葉だけで構わない」
アルフォンソは、特に興味もなく、乗って来ていた馬車にまた乗り直して、お互いに名乗りもしないでその場をやり過ごした。
だが、イゾルデの従者はアルフォンソが乗った馬車に王家の紋章が入っている事を確認し、主のドル―マン侯爵に急いで伝書鳩を飛ばしたのだ。
この従者の機転のお蔭で、アルフォンソはカンザスでも思いの他、快適に過ごすことが出来るのだが、この時のアルフォンソは知る由もなかった。
一方、馬車に乗り込んだイゾルデはある本を片手に
「結構、様になって来たでしょう?リノル。これなら王家にも暴若無人な悪女として噂されるわよね。そうなれば万々歳よ。晴れて王子と婚約しなくてもすむもの、ふふふ」
「でも、お嬢様。何故、そんなご無理をされるのです?誰もが王家に嫁げるわけではないのですよ。私達からしたら羨ましい生活が待っておりますのに…」
イゾルデ付きの侍女リノルが顔を顰めていた。彼女の口癖は「もったいない」「羨ましい」なのだ。イゾルデは本来自由な生活で、王宮での堅苦しそうな生活など真っ平ごめんなのだが、幼い頃から第二王妃から第二王子との婚約話が打診され続けている。それを断る為に態とフェルナンドに付き纏い、自身の評価を下げていた。
イゾルデは幼い頃から女商人に憧れていて、将来自身の商会を立ち上げ、異国に旅することが夢なのだ。そんな自立を求める彼女にとって、王子との結婚なんてお荷物以外のなんの役にも立たないことだった。
今回の王都の学園に編入したのも将来の人脈造りの為で、彼女が態々自慢のストレートヘアーを縦ロールにして、派手な化粧と香水を身に付けているのは、単なる男避け。その派手な髪と肢体は男を刺激するらしく、幼い頃から変態の餌食になりかけた事情もあったのだ。
本来なら、フェルナンドに協力をお願いしたいのだが、彼には婚約者がいる。そこで目を付けたのが、彼の乳兄弟のダイル。彼なら一応貴族だし、そう言った事にも慣れていそうなので、追い掛け回している内に何だか噂がおかしな方向に行ってしまい。
──王弟フェルナンドに付き纏っているおかしな令嬢
になってしまっていた。フェルナンドにも女避けになっていたが、実の所、イゾルデにも都合が良かったので、敢えて否定せず、更に煽る様な行動をした為、ダイルに逃げられる事になってしまい困っている。
お互いに勘違いをしたまま、イゾルデは親戚のカルロー公爵家に居候する為、公爵家の屋敷に向かったのだった。
「はあ~、憂鬱ねえ~。本当は寮生活がしてみたかったのになあ──っ」
「お嬢様、それは流石に侯爵が許しませんよ。諦めて下さい」
リノルはイゾルデに向かってバッサリ切り捨てるように言ったのだった。
イゾルデは向かい側に座るリノルに不貞腐れた表情を見せながら、馬車から見える王都の街並みを退屈そうに見ていた。
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