第23話 ある晴れた日の出来事
一通りの予定を詰めた所で、本日の顔合わせが終わり、二人で庭で散歩でもという事になったのだが、アナトーリアの行動に違和感を覚えたフェルナンドは
「君はどうして、三歩下がって歩くんだ?普通婚約者をエスコートしたりしないのだろうか?」
そう、フェルナンドはアナトーリアが自分の隣ではなく後ろからついてくるのだ。しかも三歩というのは護衛の立ち位置に近い。彼女は一体何故こんな風に歩くのか不思議で仕方なかった。
「実は、こういう風に歩くよう教えられたのです」
その言葉に一緒に付いてきていた侍女の一人が公爵夫妻を呼んできた。
「アナトーリア。どういう事なんだ?そうするように教えられた等とは…」
ドレイクが聞くと、どうやら王太子妃教育をしてた伯爵夫人が常にアルフォンソを立てる様に行動し、自分は三歩下がって歩く様に教えられたと言ったのだ。
あの
そう、これはアナトーリアへの嫌がらせだったのだ。国王の愛情も地位も第二王妃に奪われた第一王妃にとってアルフォンソは最後の切り札だった。大して愛情を向けなかったのに、その隣にアナトーリアが立つことを妬んでいた。
アナトーリアを教育していた伯爵夫人は、第一王妃から指示を受けて出鱈目なマナーを教えていたのだ。幸いなことに公爵家の教育係は優秀で、アナトーリアに正しいマナーを教え直していた。
「なるほど、それで合点がいった。マナーの先生がアナトーリアがおかしな行動をしていると言ってきたことがあってね。どうにも腑に落ちなかったんだが、納得したよ」
「可愛そうに、家で雇った教師が優秀でなければ、アナトーリアは大恥を掻いていたわ。とんでもないことですわ。まさか体罰なんてなかったでしょうね」
エレイナも心配そうにアナトーリアの身体を確認するように全身隈なく見ている。昔の古傷でも見つけたら、抗議するつもりなのだ。
「お母様、大丈夫です。先生に叱られて、書き取りをさせられた事はありましたが、体を叩かれた事はありません。ただ、時々お茶をドレスに掛けられた事はあります」
「な…なんですって!!」
「それは、どういう理由でだ!!」
「お茶が美味しく入れられなかったからです。とても人に飲ませられたものではないと言われて…」
ドレイクとエレイナは物凄い勢いでアナトーリアの腕を掴み、頭から湯気が出そうなほどカッカしていた。
「い…痛い」
「あ、ごめんなさいね。アナトーリア、痛かった。強く握ってしまったわ」
エレイナは掴んでいた手を放し、娘の腕を擦りながら、
「本当の事を教えてちょうだい。アナトーリアが我慢強いのは知っているけれど、甘えたり泣いたりしていいのよ。前にも言ったけれど私達はアナトーリアが大切なの。遭った事を話してくれる」
エレイナの説得で、アナトーリアは全てを話した。その中には貴族の品位を疑うような言葉もあったのだ。全てを聞いた夫妻の怒りは凄まじく、
「あの伯爵家との取引がなくなる様に商会に話してくる」
ドレイクは、今までアーウィン伯爵夫人がアナトーリアの教育係に任命された事により、伯爵家の毛皮等を仕入れていた。しかし、アナトーリアへの仕打ちを聞いて、ドレイクは全ての取引を止める事にしたのだ。
アナトーリアはお茶を入れるのが上手で、人に『不味い』等と言われた事がなかった。恐らくそれも第一王妃の指示なのだろう。学生時代、伯爵夫人は第一王妃と仲が良く、そのお蔭でしがない子爵令嬢が伯爵家に嫁げたのだから、その恩もあるのかもしれないが、だからと言ってそれとこれとは別である。
このことは国王にも報告をしなければならない。
そうドレイクは考えていた。フェルナンドはアナトーリアの辛そうな表情を見ながら、どうしたら正解なのか迷っていると、後ろからダイルが「殿下、慰めて差し上げて下さい」と耳打ちされた。そしてドンッと背中を押されて、勢い余って、アナトーリアの前に出てしまい。オロオロしていると、ダイルが手で『殿下、そっと抱きしめたらいいのです。余計な事はしてはいけませんよ』と目くばせした。
フェルナンドはダイルに言われた通りに、アナトーリアをそっと壊れ物の様に抱きしめた後、
「これから何かあったら俺にも言って欲しい。一年すれば結婚するのだから、言いたいことを言い合ってお互いの距離を縮めていきたい。そうやって、夫婦になっていこう。いいかなアナトーリア」
フェルナンドはそう言って、アナトーリアの額に思わず口付けてしまった。
アナトーリアの顔は泣きそうな表情から一転して今度は真っ赤な熟れた果実の様に変わって行った。
その様子を見ていたダイルは、「殿下、余計な事をするなと言ったのに……」そう思いながら呆れていた。
ドレイクは額に青筋を立てフェルナンドを睨み付け、エレイナは「あらあら、まあまあ」と微笑んでいる。春の和やかな日差しの中、フェルナンドはとアナトーリアの距離は少しは縮まったのかもしれない。
でも、もしかしたらゼロスタートがマイナスになりつつあるのかもしれないが、腕の中にすっぽりと納まったアナトーリアの確かな温もりを感じながら、「柔らかくて、いい匂いがする」と心の中で呟いているフェルナンドだった。
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