第22話 初めての贈り物

 執務室からサロンの方に移動する最中もアナトーリアはフェルナンドにどこか余所余所しかった。まあ、ほぼ初対面であんなことをやらかしたのだからそれも仕方のない事だと諦めていた。


 サロンに着くと、今後の予定を話し合った。婚約期間はアナトーリアが学園を卒業するまでの一年間に定め、卒業後に結婚し、フェルナンドは公爵家に婿入りする予定だが、


 「少し気が早いかも知れないが、結婚後にアステカ国に一度帰ろうと思っているんだ。その時は、アナトーリアも一緒についてきて欲しいのだがどうだろう?」


 「殿下、帰るとは……」


 「ああ、公爵済まないまだ言っていなかったな。俺は実は『アイザック・ノーマン』という冒険者をしていたんだ。だから、向こうに爵位と屋敷がある。新婚旅行がてらあちらに行きたいと言うのが俺の希望だ」


 「ァ…アイザック・ノーマンですって??」


 アナトーリアが素っ頓狂な声を上げていた。それもそのはず、『アイザック・ノーマン』は龍殺しの英雄として今話題の人物だからだ。アステカ国は100年に一度のドラゴンの繁殖期に人間の子供が攫われて被害に遭っていた。


 しかも3年前は多くのドラゴンが飛来して、更なる被害に見舞われたのだ。そこでアステカ国は冒険者を募り、ドラゴン退治に乗り出した。ドラゴンが蓄えた財宝は討伐した冒険者に譲り、その代り国に1/3程の税を納めて欲しいと条件を付けて……。それでもドラゴンを討伐したことのない人間にとって彼らの蓄えた財宝はかなりの物だったに違いない。その討伐に参加して、勝利した冒険者が『アイザック・ノーマン』なのだ。


 アステカ国の王女の婿にという話があったと近隣の国々では噂される程、有名な逸話になっている。生ける伝説なのだ。その本人が目の前にいる。魔法に興味があるアナトーリアの瞳は輝いていた。


 「随分と嬉しそうだな、アナトーリア。少しは俺に興味が湧いてきたかな?なら、俺も頑張った甲斐があるよ」


 「頑張った甲斐とは……?」


 ドレイクは首を傾げながら、どういう事かとフェルナンドの答えを期待した。勿論、アナトーリアもいつになく身を乗り出している。


 「ああ、昔、公爵夫人に『男の甲斐性』についてご教授頂いて、公爵家の婿になるなら一旗揚げろと言われたんだ。だから、俺は冒険者になって成功して、アステカ国の爵位を自力でもらったし、屋敷も構えられた。全て夫人の助言のおかげです」

 

 フェルナンドはエレイナの方を向いて頭を下げた。その様子にエレイナは居心地が悪そうな表情を見せていた。実は、エレイナは当時、冗談半分に揶揄って言った心算だったのだが、フェルナンドは公爵家の婿、つまりアナトーリアの夫になる為に立身出世を果たしたのだ。アナトーリアはその言葉に顔を赤くしていた。目の前の傾国の美丈夫がまさか、自分の為にそんな事をやっておけるなんて思ってもいなかったのだ。これぞ女冥利に尽きると云う物で、女性なら誰でも感動するのが普通だが、先ほどの失敗からマイナス評価がスタート地点に返っただけで、フェルナンドの仲良くイチャイチャ計画には程遠い物だった。


 ちょっと自分への好感度が上がったことに気を良くしたフェルナンドは、早速、ジェダイドに作ってもらった護身用魔導具をアナトーリアに渡した。


 「アナトーリア、実はジェダイド・エイバンに頼んで作ってもらたんだ。学園の許可は得ているから、常に身に付けて欲しい」


 そう言って、箱を渡した。アナトーリアが箱を開けると中には、金と青の魔法結晶石が填め込まれた木蓮の花びらを象ったピアスが入っていた。木蓮はアナトーリアの好きな花だった。これは従兄のジェダイドが気を利かせてデザインしたのだろう。もしくはアマーリエかもしれない。だとしたら、先ほどのミスは帳消しにしてもいいかもとフェルナンドは思っていた。その位、上機嫌なのだ。


 「綺麗……」


 「殿下、こんな高価な物をどうやって手に入れたのです。城が買えるほどの価値がありますよ」


 「ああ、実はこれ、ドラゴン退治の時に、奴らの棲家の近くにあった鉱山から採れるんだ。つまり持ち主は俺なんだよ。いずれこれもアナトーリアの物になるから、見せるついでにアナトーリアの護身用の魔導具の開発をジェダイドに頼んでいたんだ。学園に戻る前に間に合って良かった。後、こいつも一緒に連れて行くといい」


 そう言って、何かの卵を渡した。アナトーリアが受け取るとパリッという音が聞こえてきて、卵に罅が入った。


 ミュ──ッ


 という小さな泣き声と共に中から兎猫ラキャットが生まれた。白いふわふわの毛玉に小さな短足には縞模様があり、丸い尻尾に耳は体より大きい。顔は隠れていて見えないのだが、アナトーリアが覗こうとした瞬間、大きな人の顔程ある舌が飛び出した。


 びっくりして、後ろに身体が倒れそうになった所をフェルナンドが支えた。その大きな舌はアナトーリアの頭の上を一舐めして、口の中に入って行った。アナトーリアはフワッと体が浮くような感覚を覚えて身体の重心が取れなくなった。


 「この魔獣は魔力を食べて従魔契約を結べるんだ。今、君はこいつを使役したんだよ。今からこいつのは君だから名前を付けてやるといい。きっと君を守ってくれるから」


 そうフェルナンドに促され


 「ルルで、ルルにします」


 そう言うと兎猫ラキャットは嬉しそうに長い大きな耳をブンブン振って、空中を走り回った。そして、一回りした後、アナトーリアの左肩の上にちょこんと乗って、ニタリと笑った。その顔はつぶれた顔の猫そのもので、大きな裂けた口はお世辞にも可愛いと思えないが、アナトーリアが満足そうに微笑んだのを見て、フェルナンドは一安心した。


 「殿下、ルルは魔力しか食べないのですか?」


 「いや、なんでも食べるよ。ほら、俺も使役している。こいつらは仲間同士で意思疎通するから連絡を取り合う時にも便利なんだ。結構通信用具替わりで使役している者も多いよ」


 「分かりました。こんな貴重な魔獣を頂いてありがとうございます」


 アナトーリアの美しい笑顔を向けられて、フェルナンドの胸がキュンとなるのを感じながら、


 ああ、今度は失敗しなくて良かった。今、彼女の俺への好感度はどの位上がったのだろう。


 と期待しているフェルナンドは自分が傍から見て、分かりやすい程顔と耳が真っ赤になっている事に気付いていなかった。


 久しぶりに明るい表情を見せた愛娘の姿にベンガリー公爵夫妻は、温かくそのやり取りを見守り、ダイルはフェルナンドに「良かったですね」と呟いていた。


 何とかその日の初顔合わせは無事に終わったのだが、この頃、台風の目が王都に近付きつつあることにまだ彼らは気付いていなかったのだ。

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