第15話 夫婦

 魔塔は各国にある魔法使いの仕事場であり、独自の機関でもある。魔法使いの詰所で、魔法に関する事柄を研究している場所。勿論、一般的な魔導具の開発にいそしむ者も多い。その地位は複雑で、一国の王の頼みごとも容易には引き受けない者が多い。つまり奇人変人の集まりの様なものだ。


 中でもジェダイドはその最たる者。所謂『魔法オタク』なのだ。アマーリエの恋愛脳を刺激して、猛アタックを受けなければ、きっと今でも独身生活で魔法にどっぷり嵌まっている状態だろうことは皆が予測できる程だ。


 ボサボサの黒髪を無造作に後ろに一つに束ね、グルグル眼鏡をかけており、顔には剃っていない髭が伸びつつあった。


 「兄貴、殿下が聞きたいことがあるそうだが、今いいか?」


 「まあ、そろそろ来るんじゃないかと思っていたから、休憩も兼ねて休むとしよう」


 すると、また別の扉からアマーリエの声が聞こえてきた。


 「あ・な・た~、一緒にお茶しましょう」


 甘えて強請る様な声を発しながら、アマーリエは扉を開けて固まった。


 彼女の予想もしない人物が3人いるのだ。アマーリエは夫婦の甘い夫婦の時間を過ごす為に、軽装でやって来た。結構際どいドレスは、夫であるジェダイドを誘惑する為のもの。


 雄の本能を刺激するような身体のラインに密着した服にぷっくりと出ているお腹は、まさに二人の愛の結晶が育っているぞと主張している。だが、この位しないとジェダイドは他人に関心を寄せない。妻アマーリエすら夫の頭から魔法を消し去ることは出来ないのだ。


 家族全員がジェダイドの魔法中毒症なのを知っている。それ故の行動なのだが、アマーリエは罰の悪そうな顔を覗かせながら、夫のジェダイドの後ろに隠れた。ジェダイドは、彼女に耳打ちしながら「後で、二人きりで楽しもう」と囁いていた。勿論、ばっちり全員に聞こえている。フェルナンド、レイナード、ダイルの耳は常人とは違うのだ。危険を察知できるように常に研ぎ澄まされている。だから、聞きたくなくても聞こえてしまっていた。


 3人は、聴こえなければ良かったのにと後悔したのである。


 3人ともまだ独身で、他人の夫婦の営みなんかに興味などない。3人とも出されたお茶にミルクも砂糖もいれなかった。既に目の前にいるイチャラブの夫婦に当てられているからだ。口から砂糖が出そうなほどの甘い雰囲気を漂わせている夫婦によって……。


 最早、そこは二人の世界の様に、ちゅっちゅっと色々な所に口付けている実兄を遠い目で見ているレイナード。羨ましそうに見ているダイル。その中でフェルナンドだけが、真剣な眼差しで観察していたのだ。


 フェルナンドは、23才になるのに社交活動を殆どしていない。その所為で、そっちの恋愛脳はお留守なのだ。興味深く見つめられて、ジェダイド達も段々気恥しくなり、照れながら離れていった。


 「どうして、殿下は熱心に観察してらしたのですか?」


 レイナードの問いに、頬を指で掻きながら、


 「俺は、社交界にあまり出た事が無いし、恋人や婚約者もいなかったから、どうすればいいのか参考にしようかと思って……」


 「「「………」」」


 その言葉に男性陣が押し黙る中、アマーリエだけが


 「ふふふ、そう言う事でしたら、うってつけの本がありますわ。アナちゃんと仲良くなりたいってことなんですよね」

 

 自信満々にアマーリエはフェルナンドに貸し与えた#本__・__#の所為で、後日、とんでもない事になるのだが、この時のフェルナンドはアマーリエの好意に甘える事にした。


 隣のレイナードは酷く嫌な予感しかしなかったが、黙っている事にした。

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