第13話 エイバン家の日常

 婚約の顔合わせの2日前に王都に着いた俺は、約束通りエイバン侯爵家を訪ねた。初めて訪問した侯爵家は、代々魔塔の主らしい一風変わった屋敷に住んでいる。


 外からは普通の民家にしか見えない造りの門の中は、魔法で溢れていた。自動で動く道に使用人らは自動人形オートマタかゴーレムという徹底ぶりも彼ららしい。


 よく見ると僅かだが人間の使用人もいるようだ。エレイナ・バンガリー公爵夫人はこんな環境で育ったのかと感慨深かった。


 「いらっしゃいませ。よくおいでくださいましたわ。王弟殿下」


 先に声をかけて来たのは。アマーリエだった。彼女は嫡男ジェダイドの奥方だった。


 「すまない。急に押しかけてきて」


 「いいえ、父から今日来ることは聞いていたのでご安心ください」


 次男のレイナードが答えてくれる。


 「すみません。父は今隣国のカンパチェ皇国に行っているので、まだ戻って来ていませんし、兄はここ数日、魔塔から帰って来ていません」


 「そうか、少し訊ねたいことがあったのだが……」


 「我々で答えられる事ならば、お答えします。取り敢えず朝食はお済でしょうか。まだなら用意させますが」


 「いや、もう済ませて来たから大丈夫だ」


 「なら、サロンの方にお茶の用意をさせますわ」


 アマーリエが手をパンパンと鳴らすと、自動人形オートマタが近寄って、用件を聞いて何処かに行った。


 「では、こちらに」


 俺とダイルは二人についてサロンに移動した。途中、ダイルは物珍しそうに当りをキョロキョロと見回していたが、俺の咎める視線に気づいてそれを止めた。


 エイバン侯爵家は魔法で満ちていた。レイナードが指を鳴らすと自然にサロンの戸が開き、何もない空間が急に落ち着きのあるサロンに変化した。


 こんな事はエイバン家では極普通の当たり前の光景らしい。傍に仕えている#人間__・・__#の侍女と家令は黙々と作業を続けている。


 席に着こうとすると、自動で椅子が引かれ、体が勝手に椅子に座った。座り心地のいい椅子はまるで自分の為に誂えたかの様にフィットする。どうやらこれにも魔法が使われていて、自動で座った人間の体形に合わせてくれるらしい。何とも言えない贅沢な魔法石の使い道だ。魔法石は高価な物なのに、それを惜しげもなく使っている。


 これだけ、日常生活に使っていれば使用人も最小限で済むだろう。まさか、厨房の料理人も自動人形オートマタなんてことはないよな。前に何処かの屋敷で、自動人形オートマタが作ってくれた物を食べた事があるが、はっきり言って料理だけは人間の料理人が作った物が美味い。


 味は完璧なんだが、俺には味気ないものに感じた。人間味がないような味なのだ。人間が作ればその人独特の風味がある物なのだが、人間以外のものが作ると完璧で味に変化がない。教科書通りの事をやってのけているだけというのが物凄くつまらないものに感じた。


 それは俺が庶民に混ざって生活していた所為なのかも知れないが、やっぱり食べ物だけは人間がした方がいいと俺は思う。


 だから、少し安心した。お茶はの侍女が入れてくれている。その光景にホッとした。


 俺の様子に気付いたのか、アマーリエが


 「この家では多くの事を以外が行いますが、料理と私達の世話は人間の使用人らがやってくれいるんですのよ。ですのでご安心下さい。殿下」


 まるで心を見透かされた様に言われて、ドキッとしたが何事もない素振りをした。


 「早速で申し訳ないのだが、俺は明日、国王に会わなければならない。王太子とベンガリー公爵令嬢の婚約が破綻した理由が知りたい。カンザスでは詳しい内容までは分からない。君達は当主のヨハネスから俺の立場や生い立ちは知っているだろう?何の手立てや対策も持たないまま王宮に入りたくないんだ。何せあそこは魑魅魍魎の棲みかなんだからな」


 「分かりました。俺の方から説明しますよ。でも俺も詳しい事は知らないんです。本当の事は兄か父の方が詳しいでしょう」


 俺はレイナードから聞かされた事に驚いた。その内容が19年前のあの異母兄レアンドルが仕出かした「真実の愛」とやらの出来事と同じだった。


 これは果たして偶然なんだろうか?俺には嫌な予感しかなかった。もし、俺の野生の感が当たっているなら、エイバン侯爵家に恨みを持っている人間の仕業ではないだろうか?そうならアナトーリアが狙われる可能性が高かった。


 そこで、合点がいったのだ。何故、俺がアナトーリアの婚約者に選ばれたかという事に……。


 異母兄レアンドル国王は知っているんだ。俺がある国から爵位を賜った事を。そして、俺がある異名で呼ばれている事を。全て知ってアナトーリアを守る為に俺を選んだのだ。


 それは、かつて自分の婚約者レジーナ・エイバンを守る為に、親友であった隣国カンパチェ皇国の皇太子に身柄を預けて、国から逃した事と関係があるのだと確信した。


 は二つあったのだ。もしかしたらまだあるかもしれない。まだあって誰かがその指輪の力に負けたなら、また同じことが繰り返される。それだけは絶対に避けなければならない事だった。


 明日、異母兄に会えば少なくとも19年前の真実だけは話してくれるだろうか。あの時は幼くて分からなかったが、今なら俺にも父と異母兄の苦悩が解る気がした。

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