第9話 おかしな逃走劇
夜の帳が降り、辺りは真っ暗な闇と静寂に包まれている。深い森をひたすら馬を駆って王都を目指す2基の姿があった。
二人とも何かに追われる様に深くフードを被り、人目を避ける様に裏街道を駆けていく。
「もうここまでくれば大丈夫でしょう。今夜はあちらの宿を取りましたので、どうぞお休みください。フェル様」
年若い従者がもう一人をそう呼んでいた。
「そうだな、もう王都は直ぐそこだ。明日には着くだろうし、毎日野宿ではお前も色々と辛いだろう。俺は勝手に宿で過ごすから、お前も好きにしていいぞ」
慌てて従者が言い返す。
「主を差し置いて、何処にも行きませんよ」
「はは、別に俺は一人でも構わないぞ。今までも一人でやって来たのだしな」
黒いマントを付けて、顔を布で覆っているが、よく見ればかなり顔が整っている上に、鍛え上げられた体躯はがっしりとしていて、全身彫刻のモデルの様な姿であった。
そのフードの間から見える銀色の髪がある一族の特徴を持っている。瞳は金色のキラキラとした宝石の様に輝いている。「宝石眼」と呼ばれるその瞳は特殊な能力が与えられていた。
馬を飛ばして、何かから追われているのには訳があった。
それは10日前の事だった。辺境カンザスに王都から至急王宮に戻る様に王命が下ったのだ。
その理由は、ベンガリー公爵令嬢と第一王子の婚約が解消となる為、アナトーリア・ベンガリーの新しい婚約者として顔合わせの為に、王都に戻る様に使者が王命を携えて来た。王命とあれば不服はないが直ぐに動く出来なかった為、使者だけ先に王都に還して、後から自分だけ出立するつもりだったのに邪魔が入ったのだ。
「フェルナンド様、いつ王都に向かわれるのです?私も王都に#一緒に__・・・__#ついて行っていいですか?王都の学園に編入しようと思っていますの」
はあ?何を言っているんだこの女は?俺は王都に物見遊山に行くんじゃあないんだぞ。結婚しに行くんだ。他の女を連れていく訳ないだろう。この女の頭の中身はスポンジでも詰まっているのか?
俺は舌打ちしながら、無視し続けた。もう我慢の限界がきている。俺がこの女の言動を咎めなかった理由は二つある。
一つ目は、この見た目と王弟という立場に群がってくる女達の盾にする為だった。二つ目は、厄介者の俺をここに置いて世話をしてくれたドル―マン侯爵に対する義理だった。
だが、これ以上もう我慢しなくてもいいだろう。俺の好きにしても、その為の資金も手に入れている。俺はこの頭のおかしな女から一刻も早く逃げ出したかった。
勝手に俺と恋人同士と言いふらし、俺の周りをうろつく迷惑な女、イゾルデ・ドル―マン。
辺境地に長く居た所為か、令嬢としての嗜みも忘れてしまったような女。しかも俺のもっとも嫌いなタイプの女だ。派手な衣装に濃い化粧、おまけに吐き気を催す程香水をつけている。辺境地だからこそちやほやされているのに、その現実に気付かない痛い女だ。
俺は淑やかで性格の可愛い女が好みなんだ。だから、逃げる事にした。きっとこの女は俺と一緒に馬車で王都に持向かおうとするはずだ。
俺は信頼のおける乳兄弟のダイル・カーナンと共に馬で密かに王都に向かった。ドル―マン侯爵にはこっそり別れの挨拶だけした。侯爵は「娘の我が儘で申し訳ございません」と頭を下げられたが、彼の所為ではない。彼の妻メリンダの教育の賜物なのだろう。母子揃ってそっくりなのだ。性格も見た目も……。侯爵の苦労が窺い知れる。俺は将来、結婚してもこんな家庭は御免だと心の中で思ってきた。
今頃、俺が先に辺境地を出立している事を知って地団駄を踏んでいることだろう。
できればそのまま何もしないでほしいものだが、あの女の性格では無理だろう。
婚約者のアナトーリアはもうすぐ学園に復学すると聞いた。俺は学園には通えない。彼女を守る為には、あの人に頼む方がいだろう。
──ヨハネス・エイバン
エイバン侯爵にその日の内に事と次第を認めた文を魔法で侯爵家に送った。返信は直ぐに来て、侯爵家の家紋の入ったペンダントを一緒に送って来た。
──手紙の内容は理解しました。王都に来た際は、今後の打ち合わせの為に是非とも当家にお立ち寄りください──
そう書かれていた。
明日、王都に入ったらまずはエイバン侯爵家に行かなければならない。侯爵と直接会うのは久しぶりだなあ。
そんな事を考えながら、いつの間にか安宿で眠りについていた。久しぶりの王都が近いせいか俺は19年前の夢を見た。長く暗く果てしない絶望を抱えて過ごした日々を……。思い出したくもない過去を……。
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