第8話 今度は……
晩餐を両親と摂っている私の心は晴れなかった。それは、別れを告げた時に見たアルフォンソ殿下の最期の顔が頭から離れなかったからだ。
記憶のない一年、彼との時間は穏やかなものだった。最初の頃は名前を呼ばれたり、視界に殿下の姿を映すだけで具合が悪くなったのだが、最近では自然と接することが出来ていた。
誰に聞いても以前の私の記憶が戻る事はなかったし、一年間だけという期間は陛下が定めたやり直しの時間だった。記憶は戻らなかったが、殿下が私に誠実であろうとしてくれた事だけは確かだ。
殿下はいつも苦しそうな表情を浮かべながら私を見つめていた。もし、両親から聞いた話が本当で、彼には別に大切な人がいたのなら、何故こんな苦しそうな顔をしているのだろう。早く私に構わずにその人と幸せになればいいのに……。
そんな事をつい考えてしまう私は身勝手な女なのだろうか?それとも冷たい女なのか?
思い出せない記憶と一緒に私の殿下への想いも消えたのかもしれない。でも最後に見せた殿下の寂しそうな笑顔が頭から離れない。
記憶のない私に殿下はいつも以上に気を使ってくれていた。穏やかで優しい殿下の傍は心地好かった。まるで以前からそうだった様に。息をするように自然に隣に居られた。
でも、記憶はそれでも戻らなかった。一体何が私の記憶を閉じ込めているのだろう。
私にはアルフォンソ殿下が、皆が言っているような『
きっとこれからもそれは変わらない。いつか記憶が戻ったら殿下に
──大切にしてくれてありがとうございました
そう言いたい。それが今の私の心からの感謝の気持ちだった。
明日、私は新しい婚約者となるフェルナンド殿下にお会いする。噂ではとても気難しい方だと聞いているけど、大丈夫よね。最初の印象が良い様にフェルナンド殿下へのプレゼントを用意した。本当は今日が誕生日なのだけれど、もう王都の近くまで来ている筈だから、渡すのは明日で構わないだろう。
それに休学していた学園も三日後には通える許可を主治医の先生から頂いた。
復帰するのに一年掛かったから結局、留年したけれど、新しい友達が出来る事に心が弾んでいる。同学年には従兄弟のレイナードとその婚約者のキャサリン・レイガン侯爵令嬢がいる。
顔なじみがいることは心強い。同じクラスになれればいいのに。そんな事を考えながら、晩餐を終えた。
その後、サロンでお茶をしながら、両親と明日の事を打ち合わせたのだ。
「いいかい、アナトーリア。約束して欲しい。お前はまだ17才だ。自分で判断のつかない事も沢山ある。この前の時の様に溜め込んではいけないよ。嫌だと思ったらこの婚約は直ぐに解消できるのだから、私達が望むのはお前の幸せなのだから、決して無理をしてはいけない。何かあったら私達に相談してほしい。今度は必ずお前を守って見せる。例えそれが王命に背いてもだ。何があろうとも私達はお前の味方だよ。それだけは覚えておいてほしい」
父がそう言うと、母はそっと抱きしめてくれた。その母と私を包み込む様に父が私達二人を抱きしめた。それは傍から見れば、仲の良い家族の姿だったのだ。
私は、父に言われたことを心に留めて、明日からの自分に叱咤激励した。
今度は間違わないし、今度は幸せになりたい。
そう心の中で呟いた。
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