第7話 不穏な手紙

 雑貨屋に寄り道をして帰って来たアナトーリアは母エレイナに出迎えられた。ここ一年、過保護な程両親は干渉してくることにアナトーリアは内心ウンザリもしていた。


 しかし惨劇に巻き込まれた一人娘を心配しない親などいないだろう。両親に愛されている証だと考えて諦めている。


 「おかえりなさい。リア。今日は少し遅くなったのね」


 「はい、雑貨屋に寄って、フェルナンド殿下の誕生日プレゼントを買ったのです」


 「ふふ、何を買ったのか教えてもらってもいいかしら?」


 エレイナは、とても年頃の娘を持っている女性とは思えないほど若々しい容姿に、仕種も男性の庇護欲を煽りそうなほど儚げであった。二人は親子と云うより年の離れた姉妹の様に見える。


 「筆記用具を一式用意しました。ネームを入れてもらったので、少し時間がかかりました」


 「ああそうね。これからはペンの替えは必要ですものね」


 エレイナが何を言いたいのかアナトーリアは理解していた。今は辺境地カンザスで剣を握っているが、侯爵家の婿になるのだから、今度は剣をペンに替えなければならない。公爵家の事業や領地経営に参加しなければならないからだ。


 「もうすぐ、お父様も御帰りになるから、取り敢えず着替えていらっしゃい」


 エレイナはアナトーリアを自室に行かせ、執事から手紙を受け取った。


 「ふう、やはりお兄さまからなのね。面倒な事にならなければいいのだけれど」


 エレイナは手紙の送り主の名前を見て溜息を付いた。


 ──ヨハネス・エイバン


 そう書かれている人物はエレイナの実兄で、アナトーリアの伯父なのだ。冷徹非道と云われているエイバン侯爵家の当主の名。


 宛名は夫のドレイクになっている。


 一体何を兄に頼んだのだろう?


 訝しみながら、いつもの様に使用人らに夫の帰宅後に寛げる様にサロンを整えさせた。


 屋敷の前に馬車の音が聞こえて、主の帰宅を見習い執事が知らせて来る。


 「ただいま、エレイナ。小さなお姫様はご帰宅かな?」


 「まあ、いつもながらアナトーリアのことしか頭に無いのですね」


 頬を膨らませてプリプリとエレイナは怒っている。


 「勿論、私の愛する可愛い奥さんを忘れるはずがないだろう?」


 妻のご機嫌を取る様に、エレイナの額に口付ける。使用人はいつものやり取りに気にすることなく通常運転だ。若い執事だけが


 「あのう、先輩。これいつもの事なんですか?」


 と先輩老執事に訊ねていた。彼の答えは勿論


 「その内慣れる。これは屋敷に勤める者のだよ」


 そう言って、元の仕事に戻って行った。そうこの屋敷では新婚ほやほやの様な公爵夫妻のやり取りを見る事など当たり前なのだ。そういう家庭に育った一人娘のアナトーリアに対する両親の愛情は如何ばかりかおわかりだろう。


 「ところで、あなた。兄から手紙が来ているのだけれど、何か心当たりがあるのかしら?」


 「ああ、少し聞きたいことがあったのだが、彼はレジーナ皇妃に会いに隣国にいるだろう。だから手紙を書いた」


 「中を私も拝見してもよろしくて?」


 「構わない。なにせ私達の愛しい娘の事だから、君も知っておく必要があるだろう」


 「リアの?」


 エレイナの顔が少し曇った所で、ドレイクは着替えをしに自室に向かったのだ。侍女達が付いて来ようとしたのを老執事が止めた。その辺りはやはり古参の使用人、きちんと主の性格を把握している。


 ドレイクが部屋に入ると、エレイナと老執事は着替えを手伝い始めた。


 「なんだか旦那様、難しいお顔をしていらっしゃいますね」


 「ああ、義兄に頼んで調べてもらったことの返事なのだが、何やらきな臭い事を書いて寄越してきた。エレイナ、君も読むといい」


 ドレイクはエレイナに手紙を渡した。その内容にエレイナも眉間に皺を寄せて目を疑った。


──指輪は、お前の予想通り隣国カンパチェ皇国で開発された物だった。しかし、数年前に盗まれて指輪の行方を皇国も探している。恐らく、19年前の事件と関わりのある人物が今回の惨劇を目論んだのだろう。アナトーリアの身辺には信用のおける者を配置した方がいい。学園内は息子のレイナードに護衛をするように伝えている。


 追伸、イゾルデ・ドルーマン侯爵令嬢が近く王都の屋敷に移ると言う情報があった。どうやら学園に編入するつもりの様なので、こちらも気を付けろ。


 「これは本当なのですか?あなた」


 「君の兄君が直接レジーナ皇妃に訊ねたのだから間違いないだろう。護衛は信用のおける者を配置しているし、数も増やしている。侍女の方も身元にはいつも以上に注意し深く調べる様に」


 「畏まりました。旦那様」


 「でも、最後の一文は……」


 「そのままの意味だろう。フェルナンド殿下に侯爵令嬢が付き纏っているという噂は本当の様だな。殿下の心までは分からないが、もし、またアルフォンソ殿下の時と同じことをするなら、私も黙ってはいないから安心しなさい」


 エレイナの不安を取り除く様に頬に口付けを落として、三人は食堂に向かった。

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