第6話 19年前の事件

 王宮の財務管理執務室の窓から中庭を見つめながら、男が深いため息をついている。


 「ふうっ」


 「閣下、かなりお疲れのご様子ですね。先ほど令嬢から使いの者が、雑貨店に寄って帰宅するとの伝言を受けましたが宜しいのでしょうか?」


 「何がだ…」


 「まだ、全ては解決されていませんよね?あの露店の異国の男の行方は解っていませんし、ご令嬢にご注意申し上げた方が宜しいのではないでしょうか」


 「アナトーリアは何も知らない。それに今回狙われたのは王族だ。結局、レアンドル国王のツケを息子のアルフォンソ殿下が払わされたようなものだ。お気の毒にあれほど王太子であることに拘り、努力してきたにも拘らず結局、に追い落とされた」


 「閣下は、アルフォンソ殿下を随分買っておいででしたからね。さぞかし残念でしょう」


 財務室の主である大臣のベンガリー公爵は、つい今しがたあったアルフォンソの判決を聞いて深い溜め息を漏らしていた。


 ドレイク・ベンガリーはこの一年内にアナトーリアの記憶が戻れば、アルフォンソを公爵家の婿にして、二人に跡を継がせたいを考えていたのだが、ついにアナトーリアの記憶が戻ることなく二人は婚約を解消してしまった。


 しかも先ほど王の決定でアルフォンソは、北の辺境地カンザスに視察という名目の半年の謹慎処分となったのだ。今回の騒動には国王の昔の「19年前の事件」が関係している。


 そもそも、セシリア・ガストンの母親、ロエナはローガン子爵令嬢だった。ポール・ガストン伯爵は彼女の婚約者で娼婦となった彼女を影でずっと支えてきた男なのだ。


 彼らも皆、「19年前の事件」の被害者と云える。アルフォンソの母親第一王妃サラはロエナの兄ロナルドの婚約者だった。当時、レアンドルは貴族の階級に囚われず優秀な人材を発掘するべく、学園で多くの者を取り立てようとしていた。ロナルドもそんな中の一人だったのだが、それを利用してサラはレアンドルに近づいた。王太子であるレアンドルを誘惑し、堕落させたのだ。


 レアンドルの子供を宿した為、レジーナ・エイバン侯爵令嬢と婚約を解消する事になった。だが、エイバン侯爵家は公爵家に匹敵するほどの権勢を誇っている。そこで当時の国王カイゼルは王太子レアンドルを廃太子にし、新たな王太子として当時まだ3才のフェルナンドを擁立しようと画策していた。


 それほど、エイバン侯爵家が恐ろしかったのである。エイバン侯爵家は数多くの優秀な王妃を排出してきたこの国きっての名門貴族。その顔色を窺う様に貴族達は、ローガン子爵家がサラと云う毒婦を王太子に近づけさせたと言い、没落させたのだ。兄であるロナルドは自死し、残された母を養う為にロエナは娼婦に身を落とした。


 真実の愛を語るのなら、セシリアの母ロエナと父ポールこそが相応しいだろう。彼らは最後まで自分たちの愛を貫いたのだから。だからこそ、尋問の際には、セシリアの事情を根深く追求されたのだ。実際には彼らの所為ではないが、別の思惑に利用された可能性が高い。


 一方、国王カイゼルが急死した為、レアンドルが国王となり、王弟フェルナンドは王宮でいない存在となってしまった。彼の意志ではないにせよ、現国王に対立した者に居場所などない。


 宮中では彼の存在はない者になっていた。偶々、ドレイクの父・前公爵が彼を助け出さなければ餓死する所だったのだ。


 暗い物置部屋の片隅で、寒さと飢えで苦しんでいるフェルナンドを助けて公爵邸に連れ帰り、健康になるまでの10年間を公爵領で過ごさせた。当時、アナトーリアも体が弱く、公爵領に居た事から二人は幼馴染の様ものだが、当の本人達は忘れているだろう。


 「はあっ、本当に裁かれるべき罪人は一体誰なのか……」


 レジーナは現在、隣国の皇妃に納まっている。男と聞いた時、エイバン侯爵家の差し金ではないかと疑ってしまった。


 だが、それならアナトーリアは巻き込まれなったはずだ。アナトーリアの母はレジーナの実妹なのだから、一体誰がこんな因縁じみたことを仕組んだのか。


 アルフォンソ殿下の謹慎場所カンザスはフェルナンド殿下がになっている場所。フェルナンド殿下はカンザスでの支持率が高い、そんな所にアルフォンソ殿下を追いやるとは陛下も何を考えているのだ。息子が可愛くないのか?カンザスで酷い目に遭わされなければいいのだが……。


 未だに解明されていない謎に頭を痛めるドレイクだった。


 明日は、フェルナンド殿下とアナトーリアの顔合わせだ。嫌な予感しかしないのはが気になるからなのか。


 そうフェルナンド殿下について流れている


 辺境地カンザスのドルーマン侯爵令嬢がフェルナンド殿下と恋人関係にあると。


 もし、本当なら国王陛下はよほどエイバン侯爵家を敵に廻したいと見える。さりげなく今晩、妻に義兄の様子を聞いてみるしかないか。


 ドレイクは再び深い溜め息をつき、残りの書類に目を通していった。

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