第3話 アルフォンソ

 僕はこの国の第一王子として生まれた。だが、決してその地位は盤石なものではない。


 それは父である国王が身分の低い母と『真実の愛』とやらで婚姻したからだった。元々、父はレジーナ・エイバン侯爵令嬢と婚約していた。しかし、父は学園在中に母サラを妊娠させてしまったのだ。その所為で、侯爵令嬢とは婚約を解消した。だが、母は身分の低い男爵令嬢で平民上がりの婚外子。周りの反対は当然の事だった。そこで、急遽トルレイド公爵令嬢を第二王妃として迎え、母は第一王妃としてお飾りの王妃となった。


 僕が生まれた時には、あれ程周りに反対されても頑なに母を愛していた父は、既に第二王妃に心が移っていた。


 物心ついた時は、僕は『愛』等紛い物だと考えていたのに、どうしてこんなことになったのか未だに理解できない。僕にはアナトーリアが王太子妃に相応しい事は十分理解していたし、彼女が長年努力をしている事も知っていた。なのに何故だ?どうしてこんな事になったんだ。


 セシリア・ガストンは、学園に1年の途中から編入してきた目立たない令嬢だった。それなのに2年になってからいきなり、注目を集め出す。そして、僕の側近候補達が次々、彼女と仲良くなり出し、特にイーサン・ゲインとマーカス・ノエルは積極的に僕とセシリアを会わそうと機会を度々設けてきた。


 僕は自分の立場を考えて、なるべく二人で会うのを躊躇っていたのに、どういう訳かセシリアは僕の行く先々に現れる。まるで僕の行動が読める様に。


 僕の行動は護衛や側近候補からしか分からないし、学園の何処を通るのかなんて解るはずない事まで知っていた。今思えばおかしい事ばかりだった。人に話した事のない僕の気持ちも「アルフォンソ様の寂しいお気持ちはよく分かるの」と話し掛けてきた。


 僕は父と母が大恋愛したにも拘らず、不仲な事に寂しさを感じていた。アナトーリアは逆に両親の愛情を一身に受けて育ったから、僕のこの気持ちは分からない。


 でも、僕は王太子という地位だけは誰にも奪われたくなかった。だから、アナトーリアが婚約者でなければ僕はこの地位から追い落とされる事も知っていた。


 それでも、僕は次第にセシリアに惹かれていった。頭の中では『こんな事はダメだ。婚約者がいるのに…』だが、心の中ではセシリアを求めていた。彼女といると何だかホッとする自分がいる事に気が付いた。そして気が付くとアナトーリアに対する罪悪感や常識的概念も薄れていった。まるで、セシリアといるのは当たり前で、アナトーリアがそれを邪魔しているように感じるようになった。


 あんなに僕や国の為に子供の時から努力して、多くの事を我慢してきた彼女を憎々しく思うまでになっていた。かつて父もこんな気持ちだったのだろうか?だから僕の母と無理矢理婚姻を結んだのだろうか?この気持ちが『真実の愛』なのだろうか?


 色々な気持ちが僕の中で渦巻いていた。でも、ふとした時に僕はに戻る。に、でもまたセシリアが近くに寄ってくると何も考えられなくなる。もう何も考えなくてもいいのだとでも言う様に。


 学園卒業まで後1年を切った頃にあの惨劇が起こった。


 今も思い出す悪夢のような出来事。


 アナトーリアが僕に向けたあの言葉を。


 彼女はセシリアを庇って切られた。彼女の鮮血が飛び散り、白い薔薇は赤い薔薇に変色している。


 その瞬間、僕の頭の中にかかっていた靄の様な物が段々消えて行くのを感じていた。


 知らせを受けて駆け付けた父親の公爵の腕の中で


 「よ…かっ…た…で……でん…か…のた…いせつ…な…ひと……は…まもれ…まし…た……どうか…おし…あ…わ…せ……に」


 息も途切れ途切れにそう言って静かに涙を流していた。その後、彼女は意識を失い昏睡状態となった。危険な状態が続く中、僕たちの尋問が始まった。


 取り調べの結果、セシリア・ガストンは怪しげな指輪を付けていた。その指輪が媒体となって、彼女が触れた人間は彼女に魅了されていく。自分の意志とは関係なく……。


 父や大臣たちは事を重く見て、セシリアの実家ガストン伯爵家にも家宅捜査した。国家反逆罪ととられても仕方のない事だった。


 特に重症なのは、イーサンだった。イーサンはセシリアに心酔して、彼女と肉体関係まで持っていた。そしてマーカスは僕とアナトーリアが婚約解消となればアナトーリアと結婚して、公爵家を継ごうと画策した。


 セシリアは、イーサンに体を餌に僕とセシリアの仲を取り持つように言い含め、マーカスにはアナトーリアと公爵家が手に入ると唆した。結局、僕の側近達はそれぞれの思惑で、僕にセシリアを近付けたのだ。


 僕は見事にセシリアの思惑通りに動いた。犠牲になったのは罪のないアナトーリア。


 彼女に罪を償いたい思いとやり直したい思いで彼女が助かる事を祈った。


 あの日から僕は毎晩、夢に見る。アナトーリアが斬られて、


──良かったです。殿下の愛する大切な方を守れて、幸せになって下さい。


 僕に微笑みながらあの言葉を紡ぐのを……


 段々、僕から遠ざかって行くアナトーリアを僕は手を伸ばして、掴もうとするが僕の手は空を描いて何も掴めない。足が縫い付けられた様に動けないままの僕は、そこからアナトーリアを追いかけようとしたが、が僕の足元に縋りついている。


 下を見るとセシリアが血塗れで僕の足にしがみ付いている。そのセシリアを背後から抱きしめているのはイーサンだ。


 セシリアは王族を惑わし、貴族の令息を堕落させたという理由で、公開処刑された。イーサンは知らせを聞いて、自分の喉を掻っ切って死んだのだ。


 彼らは次は僕の番だと言う様に縋ってくる。僕は彼らに地の底に引きずり込まれそうになる所でいつも目が覚める。


 はあっ、はあっ


 荒い息を吐きながら全身水を被った様に冷や汗でびっしょりだ。いつまでこんな夢を見るのだろう。


 何故、僕はセシリアを拒めなかったのか。それは僕の心が弱かったからに他ならない。


 どうか、神様アナトーリアを助けて下さい。


 もう一度彼女と話してやり直したい。僕の気持ちただはその一心だけだった。

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