第2話 血の惨劇

 あれは一年前、春の園遊会でのこと。この国の園遊会は二部構成で行われる。


 一部は招待された貴族らの家族と会食し、二部は男性と未成年らで分かれてお茶会をする。


 男性達は、国王や王子方と政治や経済、領地の事などを歓談し、女性や未成年は王妃主催のお茶会で流行や世間話をするのが慣わしだった。


 だが、その日は違っていた。いつもの様な和やかな雰囲気ではなかった。皆が誰かの顔色を窺っているようなそんな微妙な空気が漂っている。


 招待客の皆が注目していたのは、王太子とアナトーリアそして、ある令嬢とのスキャンダルに興味津々なのだ。


 雑談を交えながら、役者が揃うのを待っている。


 そこへ王太子アルフォンソが護衛を連れて、王妃に挨拶に来たのだ。


 皆が注目しているにも拘わらず、王太子であるアルフォンソは婚約者よりも先にセシリア・ガストン伯爵令嬢に声を掛けた。


 その行動に、その場にいた皆がやはり婚約解消となるのだろうと確信した。


 だが、次の瞬間に惨劇が起きたのだ。


 王太子の側近で、騎士団長の嫡男イーサン・ゲインがいきなり抜刀し、斬りかかる。


 その鬼気迫る形相と行動に参加していた女性や子供は、『キャ──ッ、助けて──』悲鳴を挙げながら右往左往に逃げ惑い、会場は大パニックに陥った。


 警護担当の騎士達は、王太子と王妃を優先し、他の貴族を安全な場所に誘導し始めた時、イーサンはセシリア目掛けて、剣を振りかざした。


 しかし、イーサンの思いとは裏腹にセシリアを庇ってアナトーリアがその背に刃を受けたのだ。


 近くにいた騎士にイーサンは取り押さえられたが、興奮状態で目を血走りながら


 「俺を愛しているはすだ!どうしてなんだ。愛していると言ったのは嘘だったのか。ならば、一緒に死んでくれ!」 


 そう叫んでいた。その言葉をその場にいた全員が訊いていた。


 白い薔薇は、アナトーリアの血で真っ赤に染まっている。逃げ惑う招待客に踏み荒らされた中庭の薔薇は無残な姿に変わり果てた。あれほど美しかった庭園が、忌まわし記憶となって人々の脳裏に焼き付いた。


 駆けつけた公爵と夫人は大切な我が子が、血塗れで倒れているのを見て、


 「一体、この子が何をしたと言うのです。こんな事になる程の罪を犯したのですか?」


 公爵はアルフォンソに詰め寄り、セシリアを睨み付けた。


 王宮で手当てを受け、アナトーリアは一命はとりとめたが、意識はない。


 公爵と夫人は交代で愛娘の看護をした。


 そして、生死を彷徨いながら一月後に彼女が目覚める。


 「こ…ここは…」


 「リア?ああ、目を覚ましてのね。誰か早く夫に報せて」


 公爵夫人は、涙を流して娘の目覚めを喜んだ。


 ところがアナトーリアに異変があった。


 何だが違和感があるのだ。


 「ああ、良かった。目が覚めたのだね」


 アルフォンソの言葉に


 「あのう、貴方は誰なのですか?何故、私の愛称を勝手に呼ぶのですか?」


 アナトーリアは、不思議そうに首を傾げながら、アルフォンソを見ていた。


 その瞳には、かつて自分を見つめていたを帯びた目ではなく、何処か冷めたような眼差しだった。


 アナトーリアは、王宮医の診断を受け、


 「公爵閣下、先程、ご令嬢に幾つか質問をさせて頂いたのですが、日常の事や生い立ち等殆ど記憶にありましたが、ある特定の人物の事は喪失されています。その人物は、王太子殿下とガストン伯爵令嬢です」


 部屋に集まっている人々は、王太子アルフォンソの方を見ていた。


 そう、アナトーリアは、大怪我を負った時、事故防衛本能で、二人を記憶から排除したのだ。


 自分の心を守るために……

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