あなたのことは記憶にございません
春野オカリナ
第1話 婚約解消
アスタニア王国の王宮には世界中の薔薇を集めた見事な庭園がある。
──
そう名付けられた中庭。だが、今は閉ざされている。
一年前にその庭で起こったある惨劇の所為で、美しい庭は見るも無残な姿に変わり果てた。
多くの令嬢令息があの惨事を思い出すからと、今は立ち入り禁止となっている。
今、その中庭で、一つの区切りを付けようとしている者達がいた。
微笑ましいはずの若い恋人同士の交流に、相応しくない程の物々しい数の護衛が彼らを見守っている。
「アナトーリア嬢、僕の事は思い出せただろうか」
「いいえ、全く記憶にございません。ですので、今日を最期にさせて頂きたいと陛下の許可は頂いております」
「そ……そうか。分かった。一年間、無理を言ってすまなかった。君の幸せを願うよ」
「ありがとうございます。殿下もお元気で……」
アナトーリアは綺麗なカーテンシーをして、中庭を後にした。
胸がチクリと痛むのを感じ、頬を熱い滴が伝っている事を知らずに彼女は、護衛に守られる様に王宮の回廊を進んでいる。
今、10年という長い婚約関係に終止符を打ったのだ。
この婚約は、一年前の惨劇に巻き込まれ、彼の大切な女性を庇って大怪我を負った時に既に破局していた。
だが、もう一度やり直しの機会を国王に与えられたアルフォンソは結局、関係を修復出来ないままに終わった。
回廊から見える中庭の噴水を見ながら、アナトーリアはふと
「そう言えば、今日はあの方の誕生日だったわよね。帰りに雑貨店に寄りたいから、父に伝えてくれるかしら」
「畏まりました。デリスを使いにやります。後の護衛は我々が担当しますので、ご安心を。それより、第二王妃様にご挨拶に行かれますか?」
「そうね。でも今日は疲れたから、また今度にしたいの。行きましょう」
アナトーリアは傷む心に蓋をし、濡れた頬を手で拭いながら、
もう終わった事なのだ。これからは前を向いて歩くだけ。
そう自分に言い聞かせながら王宮を去って行った。
後に残されたアルフォンソは下を向きながら、
自分は何故あんなことをしたのだろう。
かつて愛した少女は、明日自分の叔父の婚約者になるのだ。
複雑な心境を抱えながら、護衛に連れられて父である国王の元に項垂れながら歩いて行った。
『影の道』と呼ばれる回廊を歩く。
その意味は罪人だからだ。そこは罪を犯した貴族が王の最期の審判を仰ぐ時に通る道。
アルフォンソはかつての華やかな容姿とは違い、何処か憂いを含んだ蔭りを宿した表情を浮かべていた。
玉座の間には、国王、第二王妃、第二王子、第三王子そして司法大臣や宰相らが集まっている。
手や足に枷は付けられていないものの、気分は罪人である。部屋を守っている騎士達がアルフォンソの訪れを知らせる合図を送ると
「入室を許可する」
静かに威厳のある声で、国王がアルフォンソを招き入れた。
今から始まるのは、一年前保留となった忌まわしい事件の断罪なのだ。
アルフォンソはゴクリと生唾を呑みこみながら、静かに部屋に入って行った。
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