第4話 SSS②

 三人が並んで正門に向かっていると、無数の影が植え込みから飛び出してくる。

 そのまま、素早い動きで無数の影は円を描くように三人を取り囲む。


「くそ、油断した……」


 翔太は額を手で押さえながら、ため息をつく。そして心底面倒そうな目つきで、取り囲んできた無数の影――取り囲んでいるのは二十人ほどの男子生徒を確認する。

 全員が額に『SSS』と白字で書かれた黒い覆面を身につけている。

 再度、ため息をつき、肩を落とす翔太。

 翔太が平和な学園生活を送るために、心に決めたことがいくつかある。

 そのうちの一つが通称『SSS好き好き芹香様』に関わらないことだ。名前から分かるように、白木芹香の非公式親衛隊だ。

 先程、翔太はクラスが分かれて芹香と会話する機会が減ったと口にしたが、クラスメイト以外が芹香と親しく会話すると『SSS』に目をつけられる。

 そして、粛清対象となるか、非公式親衛隊ファンクラブに入隊するかを迫られる。ただでさえ、隠秘科なんて普通ではない学科に属しているのに、さらに異常さが増してしまうことは全力で避けたい翔太。

 ちなみに判断基準や閾値しきいちは不明。一分未満で目をつけられた生徒もいれば、長々と会話してもスルーされる生徒もいる。


「キーーーッ!」

「キーーーッ!」

「キーーーッ!」


 取り囲んでいた覆面の男子生徒が声を張り上げる。

 全員、右手を翔太たちに見せつけるように、水平に突き出す。親衛隊で決まっているポーズなのだろう。

 疲れた顔の翔太、冷めた顔の梓、驚く芹香。三者三様に異様な光景に反応する。

 一呼吸を置いて、正面の人垣が分かれ、長身痩躯の神経質そうな、メガネの男子生徒が姿を現わす。


「ふはははははははっ、審判の時は今! 大罪人! 鬼灯翔太! 貴様の悪運もこれまでだ! 我輩たちが正義である!」


 メガネの位置を直しながら、高笑いするメガネの男子生徒。翔太は見覚えのあるメガネの男子生徒に、ため息をつく。


「大久保、いったい俺に何の用だ? 俺はお前らに関わりたくないんだが……」

「愚問、愚問すぎるぞ、鬼灯翔太! 我輩たち、『SSS』は、元帥、平川護氏の命のもと! 貴様に引導を渡しにきたのだ!」


 メガネの男子生徒――大久保は芝居がかった動きで、翔太を指差す。

 某悪の組織と対峙する某仮面ヒーローの様な状況に、翔太のやる気は最低値を更新中。

 無駄だとわかりながらも、翔太は大久保の説得を試みる。


「二年になって霊実が始まっただろ。いやでも怪我することになる。こんなところで怪我するようなことをする必要ないだろ」

「鬼灯翔太よ、何か勘違いしてないか。怪我? そんなものは名誉の負傷だ! 誉れだ!」


 大久保の言葉に賛同するように、覆面生徒たちが「キーーーッ!」と声を上げる。


「……何で大久保以外、まともに喋っていないんだ? そもそも他の連中は何で覆面してんだよ?」

「はあ……、これだから素人は困る。一般隊員は顔はおろか言葉を口にすることすら禁止だ。我輩たちの女神、崇拝する白木芹香様に失礼だからな」

「なんで失礼なんだよ……」

「白木芹香様への崇拝の念! そして徳が足りてないからに決まってるだろ! 様々なミッションをこなし、一般隊員を脱した時、初めて白木芹香様に素顔をさらし、言葉を発することが許されるのだッ!」

「バカだろ、お前ら……。顔を晒すのがダメとか、言葉を発することがダメとか意味不明すぎだろ……」


 熱弁を振るう大久保と、賛同するように「ウンウン」と頷く覆面男子たち。それを見て自然と言葉が出てしまう翔太。


「所詮、貴様は大罪人。我輩たちの崇高な理念など理解できまい」

「……なあ、俺は、いつ大罪人になったんだよ」

「そんなことを貴様が聞くのか? 己の胸に問いただせば、すぐに答えが見つかるというのに!」

「わからん。つか罪人扱いされている理由もわかってないからな」


 翔太は、芹香と談笑し、自然な流れで一緒に帰宅しようとしていることが、『SSS』に目をつけられた原因だと予想している。もし仮に彼がクラスメイトであれば、要々経過観察として処理されていただろう。

 大久保の眼光がメガネの奥で鋭く光り、覆面男子生徒の殺気が濃度を増す。

 周囲を取り巻く戦いの空気に、翔太は迷惑そうに眉を寄せる。平和主義者を自負している翔太にとって、目の前の連中は迷惑でしかない。

 翔太の心中など察している様子もなく、大久保はワナワナと震えながら、メガネの中央――ブリッジに人差し指を添える。


「貴様は……貴様は、そんなことも理解できぬほど、畜生な存在だったのだな。最低限、人としての尊厳は保ってやるのが、せめての情けだと考えていたのだがな……」

「んなのは、いらねぇよ。俺に関わらないでくれるだけで十分だ」

「貴様は我輩たちの女神、白木芹香様に毒牙を伸ばした。一般生徒ならば、見逃せる愚行だった。しかし、鬼灯翔太。貴様はダメだ」

「なんでだよ、俺は一般生徒だろ、見逃せよ」

「ぬけぬけとそのようなことを口にできるものだな! 貴様は神代梓嬢をはべらせては飽き足らず、愚行を行なったのだぞ! 鬼灯翔太、我輩たちの下す正義の鉄槌こそ、罪を浄化する慈悲であると知れ! いくぞ! 皆の衆!」


 大久保の号令で覆面男子生徒たちが「キーーーッ!」と奇声をあげながら、翔太に一斉に襲いかかる。


「病院生活になって、ベッドで後悔すんなよ!」

「ふはははははははっ、そのような脅しに我輩たちは屈しない! 貴様に一矢報いるだけで特別昇進が確約されているのだからな!」

「エサをぶら下げてんのかよ。非人道的だな。……俺の異能力のレベルが低いからって、侮って後悔すんなよ!」


 翔太は一番先頭の覆面男子生徒に狙いを定める。滑らかな重心移動で、しなやかな蹴りを放つ。

 寸分違わず覆面男子生徒のこめかみに、翔太のハイキックが決まる――はずだった。


「ぶべ――ギーーーッ!」


 翔太の蹴りが直撃するより早く、覆面男子生徒は吹き飛んでいった。途中で台詞を言い直した覆面男子生徒に、他の覆面男子生徒が尊敬の念を抱いたが、ここでは関係ないので割愛。

 ハイキックを空振ってしまうという予想外の出来事に、翔太はバランスを崩して倒れそうになるが、なんとか踏みとどまる。

 翔太が内心で安堵としていると、黒髪をなびかせながら梓が翔太の前に出る。


「翔太に何するつもり? 死にたいの?」

「あ、梓、落ち着け。お前の出番じゃないから……」


 恐る恐る梓に声をかける翔太。梓の体からは、燐光が溢れ、すでに戦闘準備万端といった状態。翔太は「最悪だ」と小さく嘆く。

 このままでは文字通りに死人が出る。梓の異能者――魔術師としての力量を踏まえれば、人を消し炭にすることなど容易なことだからだ。


『風よ、射貫け』


 梓が呟くとともに、小石を宙にばら撒く。

 パチン! と梓が指を鳴らした瞬間、小石が空気をまとった砲弾に豹変する。砲弾となった小石は、覆面男子生徒をまとめて吹き飛ばす。

 吹き飛ばされたダメージに覆面男子生徒は呻いているが、大きな外傷は見受けられない。翔太はホッと胸を撫でおろす。


「ん? 優しすぎた? 小石に空気をまとわせるなんて、まどろっこしいことをするべきではなかった?」

「するべき! 絶対するべき! 簡易魔術式を一瞬で仕込むなんて、さすがだな、梓」

「うん。もっと褒めていいよ」


 小石をそのまま弾丸として撃ちだしていたのならば、死傷者が続出確定だった。小石を核にした空気の球だったから、吹き飛ばされる程度の被害で済んでいた。

 もっとも、梓が『死傷者を出せば問題になる』という倫理的観念から、攻撃方法を選択したのではなく、第三者――芹香に返り血がかかると面倒だからという理由だったりする。逆に言うと芹香がいなければ、死傷者が発生していた可能性が極めて高いことになる。

 これが、なずなの梓に対する評価、「鬼灯が絡まなければ比較的まとも」の所以。翔太に害意を向ける存在に対して、タガが一気に外れてしまう悪癖だ。

 翔太が梓を鎮める方法を思案していると、周囲が負の感情で包まれる。


「ぬおぉぉぉぉぉッ! 女人を盾にするとは卑怯極まりないぞ! やはり鬼灯翔太! 貴様だけは! 貴様だけは許されぬ存在だ! これは聖戦である!」


 涙を流しながら、声を張り上げる大久保。瞳には嫉妬・・の炎が猛っていた。

 口には決して出さないが、「羨ましい!」と心で叫ぶ。

 残っていた覆面男子生徒だけでなく、吹っ飛ばされた覆面男子生徒たちもゾンビのように立ち上がって涙を流していた。

 翔太たち三人を除き、その場にいる者たちの心が一つになった瞬間だった。


「鬼灯翔太! 貴様だけは! 貴様だけは! ここが我輩たちの散り――」

『ヒュプノスの声に従え。母親に抱かれる乳飲み子のごとく眠れ』


 不可視の霧が大久保と覆面男子生徒たちを包んだかと思うと、次々に倒れていく。そして、安らかな寝息(一部、騒音レベルのイビキ)があちらこちらから聞こえてくる。


「……すごいですわ。なんの下準備もなく、この人数を一気に眠らせるなんて」

「下準備? 襲撃されそうな場所に事前準備をしておくのは常識。それに気づかずに飛び込んでくるのは愚か者」


 ニヤリ、と含みのある笑みを作る梓。「事前に準備しているなら、先に発動させろ」と突っ込みたい翔太だったが、霊障駆除実習の疲れもあり、彼はその場でうずくまる。


「えーっと、わたくしの関係者ではありませんけれど、今回の騒動は私が原因みたいですわね……」

「いや、白木のせいじゃねーよ。頭のおかしい連中がイチャモンつけてきただけだ」

「そうそう。翔太に害を与えるバカがいただけ。芹香が気にすることない」


 申し訳なさそうな芹香に翔太と梓はキッパリと答える。即答だったため、芹香は苦笑してしまう。


「お二人が気にされていなくとも、私が気にしますわ。私の家が喫茶店をやっているのは、ご存知でしたわよね?」

「ああ、行ったことはないが、高菜ピラフが味も量も値段も最高評価って話は聞いたことある」

「手作りショートケーキが絶品」

「では、今度のお休みのに私の家にいらっしゃってください。今日のお詫びに一食ご馳走いたしますわ」


 芹香の申し出に、翔太は困ったような顔になる。『SSS』に目を付けられた状態で、芹香の家に近づけば、どんな逆恨みをされるかわからないからだ。

 返事に間があったせいか、様子を伺っていた芹香の表情が曇る。同時に得体の知れない罪悪感が翔太を襲う。


「あ、梓、白木の家でご馳走になるのは問題ないか?」

「問題ない。今日の詫びに馳走が振舞われるのは、不自然じゃない」


 梓の瞳は、まだ見ぬご馳走を夢見てキラキラと輝いていた。「梓が食べたがっているから仕方ない」と翔太は心の中で自分に言い聞かせる。


「白木、すまないが、言葉に甘えさせてもらう」

「はい。ぜひ甘えてくださいませ」


 芹香のとびっきりの笑顔に、鼓動が早なる翔太。それをジト目で眺める梓。

 三人はその辺りに転がっている大久保以下、覆面男子生徒たちを見なかったことにして、その場を後にするのだった。

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