第15話 兄弟の確執

平静を装っているが、リサは心臓のドキドキが止まらない。


『うわぁーーー、ビックリしたーー!』


ラブラは初めてあったときから、距離感が妙に近いなとは思っていたが、まさかコーテッドにまでハグをされるとは夢にも思わなかった。

コーテッドが赤い顔をして照れているから、こっちまで恥ずかしくなってくる。


「こういうことは、好きな人にしかやっちゃダメなんですよ!」

「す、すまん。兄上が無理矢理やらせたのだ!私の意志ではない・・」

コーテッドは言い訳をするが、これじゃまるで『こんなことしたくなかった』と言ってるみたいだと思い、さらに言い訳をする。


「いや〜その、嫌というわけでは決してないんだぞ!」


これはこれで何か変な感じだな。

どう言えばいいのだ?

「良かった」だといやらしい感じだし、「楽しかった!」は子供の感想みたいだし、「嬉しかった」でどうだ?!


コーテッドが考えあぐねていると、ラブラが「まあまあ、別にハグぐらいいいじゃない」と言ってきた。

「それもそうですね」

リサも先ほどとは打って変わってそう言うのだ。


ん?ついさっきそんなことしちゃいけないって言ってなかったか??

そんな簡単に女性に抱きついてもいいのか??

コーテッドはわけがわからなくなって「うーん、うーん」と考え込むのだった。


リサはコーテッドが嫌々やらされたのに、自分に気を遣ってくれているのがわかったから、ハグなんて何でもないことにしておいたほうがいいかと思ったのだ。



ラブラは踏み込んだ疑問を口にする。

「しかし、ハグでもこれだけ男女差があるのに、夜はどうしていたんだろう・・・」

「兄上、それはあまりにも不謹慎です!!」

コーテッドは先程とは違い、強い口調で兄を嗜めた。


リサも実はそれが気にはなっていた。

「まあ、ほらー、できなくはないですもんねぇ〜」

その言葉にラブラは目を輝かせる。

「リサって、そういう話もいけるんだねー!」

それは嬉しそうに食いついてきた。



「一般知識としてあるだけですよ」

どこが一般知識なんだ!と自身にツッコミを入れておく。


「あんまり想像したくないけど、そういうことでやりすごしていたんだろうね」


コーテッドはそのやりとりに声も出せず、口をぱくぱくさせている。

異変に気付いたリサは、後でめちゃめちゃ怒られそうだなと直ぐにフォローに回る。


「それでも気がつかなかったのは、やっぱり王子の『愛」ですかね~」

「そういうことにしておこうか・・・コーテッドが気絶寸前だし」


そのコーテッドはもう怒りを通り越して呆れていた。

この2人、怖いもの知らずというか、肝が据わっているというか・・・


「やっぱり、リサはいいなー! なあ、コーテッド!」

ラブラはコーテッドの肩を抱いてきた。

そしてリサには聞こえないように、話があるからお前だけ残れと伝えたのだった。


コーテッドは、嬉しそうに自分を見つめているラブラと2人きりになって戸惑っていた。

それというのも子供のときからずっと兄には避けられていたからだ。


幼少のころはよく一緒に遊んでもらって、仲良くしていた。

昔は、ラブラ兄上が誰よりも大好きだった。


そのうち、なぜか兄は寄って行っても「忙しい」「勉強がある」とコーテッドを避けるようになった。

以降、食事の途中でも目も合わせてくれなくなり、ほどなくして屋敷で兄に出会うことすらなくなってしまった。


兄上に何か嫌われることをしてしまったのかとずーっと悩んでいた。

避けられているので本人に問いただすことはできないし、そうこうしているうちに、何だかこちらもだんだんと兄に腹が立ってきて今に至っているのだ。


大人になった今は、仕方がないから必要最低限の言葉は交わす。

だが兄の事を許したわけではないし、からかってくるのも嫌っているからなのだろうと思っている。


なのに今はどうだろう。

先程はコーテッドにハグまでしてきて、その心境の変化に戸惑うばかりだ。


「兄上、今更なんのつもりですか! 私のことはお嫌いなのでしょう!」


女々しいとは思うが、コーテッドには長年の恨みがある。

また兄上の気まぐれで距離を取られて、避けられたりするのはたまらない。


コーテッドの子供じみた言葉にラブラはポカンとする。

この世に生まれ出たときから弟のことは大事にしてきた。

この先もその気持ちが変わることなどあるまい。


「は? コーテッドのことが嫌いだったことなど一度もないが」

「何を!!ずっと私のことを避けていたではないですか!!」


うん?とラブラは首をかしげる。

コーテッドはずっと俺から嫌われていると思っていたのか?

どういうことだと記憶を手繰り寄せてみる。


もしかしてあのことなのだろうか?とようやくある出来事を思い出す。


それは子供の頃、弟の『美』に『絶対的』が付いていたのがわかり、悪い言葉じゃなくて良かったと安心したラブラだったのたが、それから弟の顔を見る度に『絶対的美』が付きまとい、どうにも笑えてくるようになってしまったのだ。


『絶対的美』が笑顔で走り寄ってくる。『絶対的美』がスープを食べこぼす。

『絶対的美』が服を逆に着ている。『絶対的美』の寝癖がスゴい。


何をやっても顔を見たら、その形容詞がくっついてくるのがどうにも可笑しくて避けていたのだ。

考えてもみて欲しい。

赤ちゃんの顔を覗き込んだら『絶倫』、楚々としたご令嬢の顔に『健脚』、高貴そうな紳士に『ドケチ』が付いていたら、誰だってそっちの情報に引っ張られてしまうのではないだろうか・・・


そのうちに本当に勉強や付き合い等に忙しくなり、コーテッドの相手はできなくなってしまったのだが、そのことでコーテッドがずっと気に病んでいたとは!



「コーテッド、それは誤解なのだ。あの頃、お前のことがあまりにも面白くて避けていたのだ」

随分な言い方になってしまったが、ラブラは正直にいままでの経緯を話す。


ラブラに避けられていたことが「え、そんなこと・・・」と笑えるほどちっぽけなことだったので、コーテッドは力が抜けた。


そして同時に、どうしていつもやたら注目されるのかや、周りに人が寄ってこないのかの理由もやっとわかった。

自身がそれほどの『美』の特性持ちだったとは目からウロコだった。



「今はリサのお陰でお前の顔をじっくり見られる。俺たち実は似ていたんだな」

兄が昔のように優しく笑うから、コーテッドは嬉しくて涙が溢れそうになる。

「そう・・で・すね」

言葉が詰まってしまう。


「いままで、寂しい思いをさせてすまなかった」

ラブラはコーテッドを抱きしめた。

コーテッドはいままでの思いを涙に乗せて、全部流したのだった。

そして兄弟は10数年ぶりに仲直りしたのだった。

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