第10話 兄ラブラドール

コーテッドはこっちに近づいてくるラブラをいち早く見つけた。


リサの腕を掴み自身の背中に隠れるようにした。

しばらく声を出すなよと釘をさす。


「やあ、コーテッド。パーティーは楽しんでいるかい?」

「ええ、まあ」

曖昧な返事でごまかす。


「例の人を探しているんだが、お前、知らないかい?」

あらぬ方向を指差してあの辺にいたと答える。


「そっか、じゃあ一緒に行こう!後ろにいる人も一緒にね」

ラブラはニヤリと笑った。



よくわからないまま人気のないところに連れてこられた。

パーティ会場から抜け出せてリサはホッとする。


「初めまして、コーテッドの兄のラブラドールです。

ラブラって呼んでね!」


似てるーー!

身長や髪色こそ違うものの、顔の一つ一つのパーツや、それに佇まいもそっくりだ。

ただ愛想の良さが全然違う!


リサが顔を凝視していると、どうかした?と訊いてきた。

「2人があまりにも似ているのでビックリしたんです!」


リサの言葉に今度はお兄さんが驚いている。

ラブラが妙な反応をしたので、リサは戸惑った。

「えっ、よく言われません?」


ラブラは子供のときに、弟の特性『美』の前によくわからない言葉がついているのが、ずっと気になっていた。

大きくなって調べたら『絶対的』という言葉であったのでびっくりしたのだ。


『絶対的美』などという最上級の『美』を持った者と、『美』の特性のない自分とでは同じに見えるわけがない。

ラブラは「初めてそんなことを言われたよ」と笑い出す。


「どこも似ていない・・」

コーテッドも怒ったように言ったのだった。


「君、名前は?」

「いや、待って当てよう!ーーー『シクラ アリサ』じゃない?」

兄さんって、テンション高めの人だな〜。


トイレに小銭をばらまいてしまった・・・

みたいな顔をしているコーテッド様に結びで話しかけた。


『顔はそっくりだけど、この人本当にお兄さん?』

『残念ながらな・・・』

『それってあっちのセリフじゃないの?

この無愛想で怒りっぽいのが残念ながら弟なんでーす』

『お前が怒らせるようなことがばかりするから、怒っているんだ』


「私だって怒らせようとしてるわけじゃないんです。だってこっちの常識がわからないんだもん!」

興奮して普通に喋ってしまった。

「あっ」

口を押さえてコーテッド様を見る。

『バカ!』と一喝されてしまった。


兄さんは愉快だという感じでこっちを見ている。


「失礼しました。イシクラ リサです」

『い』のところを強調して自己紹介をする。


「ふーん、イシクラ リサさんね。聞いていた名前と違うんだね」


コーテッドが彼女にかなり気を許していることが、ラブラには意外だった。

彼女に主従の結びをさせているようなので、まあ要注意人物ということはないのだろう。

だが、『鑑定』しても『感知』をしても、特性も感情も一切わからないのだ。


こんなことは生まれて初めてだった。

ラブラは挑戦状を突き付けられているようで、何だか愉しくなってくるのだった。


ほどなくして、コーテッドはピンシャーに呼び出され、しぶしぶ退出した。

思いがけず二人きりになってしまったのだった。


「リサはサモエド王子が襲われているところを助けたんでしょ?」

「そうみたいですね」


見事な飛び蹴りだったとピンシャーさんにすごく褒められたやつね。

「見た感じ、強そうには見えないけど」


疑われているのだろうか・・・

でもコーテッドがいないので自分で何とかするしかない。


「そう思うでしょ〜。でも実は脱いだらすごいんですよ」

逆の意味でね。

お腹にお肉がもっちもちー。


「ふーん、それは是非とも確かめないといけないね」

言いながら、おもむろにこちらに近づいて来た。


ふたりの距離が縮まると兄さんは人差し指を上向きに出す。


するとリサのおへその辺りから上へ上へとゆっくり指を這わせる。

リサは急なお色気展開についていけず、指を目で追うばかりで言葉が出ない。

胸の辺りまで上がって来たので、あわてて後ろに下がった。


「触った感じ、別にすごそうじゃないけど・・」

「そ、そういう確認の仕方は止めて下さいよ!」


「では、『脱いで見せてくれ』と言ったほうが良かった?」

ラブラは魅惑的に微笑む。


そんなこと言っちゃうの!その顔で?!

顔はコーテッドに似ているもんだから、違和感がすごすぎる!


リサは落ち着くために一息置いてから話し出した。


「すいません、さっきのは冗談です。

たまたま木の上にいて、下で揉めてたからそこに向かって飛び降りたんです。

そしたら、王子様を助けちゃっただけなんです。」


苦しい言い訳だと自覚はあります。

何とかこれでお引取り願いします。


「リサは本当におもしろいね」

ラブラはもう耐えられないと楽しそうに笑い声を上げた。


この様子から、もう追求されることはなさそうだなとホッとする。


兄さんは一頻り笑った後、こう切り出した。


「リサのことがもっと知りたいな。今夜、俺のところにおいで」

「ゔぇー!!」

あまりの展開に言葉にならない叫び声をあげてしまった。


これってその〜、まさかとは思うけど、そういうこと?

この恐ろしいぐらいのハンサムが? 私に? 


ないないなーい、美味しい話には裏があるに決まってる!!

『笑って許してもらえる嘘の付き方』を知りたいだけに決まってる。


自分のほっぺを両手でバシッ、バシッと叩く。

しっかりしろ自分、自惚れるな!!

リサは正気を保とうと必死だ。


ラブラはなかなかのモテ男で、今まで女性に不自由したことなどなかった。

そんな自分の口説き文句に頬を染めるどころか、奇声を上げ、自身の顔を叩き出したリサにちょっと引いていた。

リサの感情を『感知』できないから、何を考えているのかさっぱりわからない。

今までどれだけ特性に頼っていたのかを、思い知らされる。


「コ、コーテッドも一緒に来てくれたらいいよ」

ラブラは思わず妥協案を出してしまった。

「そ、そうですよね〜。やっぱりコーテッド様も一緒ですよね〜」


そりゃそうだよなとリサは思う。

安心したような、残念なような・・・派手に勘違いをしなくてよかった。


「後で、使いを寄越すね」

そう言って兄さんは出て行かれたのだった。

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