幼馴染が浮気されたので、可愛くプロデュースして元カレに復讐することにした

時雨

可愛くプロデュースする

「ユウく~ん。彼氏がっ、先輩に寝取られたっ……!」


 そう言って午後8時に俺の家のドアを叩いてきたのは、意外にも、幼馴染の東条 初音とうじょう はつねだった。おかしいな。2ヶ月前まではものすごく仲が良かったはずなのに。

 えぐえぐと泣き続ける彼女を、仕方なく部屋に入れる。


「それで、どうしたの。彼氏が寝取られたって?」

「そうなの。ずっと前からアイツよそよそしいなって思っててさ、話しかけても避けられたり無視したりされるし……だから今日、アイツのスマホ、こっそり見てやったの。そしたらさ」

「浮気してたんだ」


 コクリ、と頷いた彼女の頭をポンポンと撫でようとして……手をひっこめた。彼氏と別れたとは言え、さすがに距離近すぎるよな。代わりにティッシュを渡す。


「なんかさぁ、その、浮気相手の先輩とね、いろいろ喋ってたみたいなんだけど、その……書かれてたのが私の悪口とかで、『すぐヤれそうだと思ったのに』とか、『気持ち悪いブスだ』とか……先輩とそっち系の話してたりもしてて……」


 俺は初音の話の内容に思わず顔を顰めた。酷すぎる。

 涙を拭い、ズッと鼻をかむと、初音は俯いた。


「もちろん、スマホ盗み見した私も悪いと思うの。だいぶ前から気持ちも冷めてきてたし。だけど、どうしても許せなかったから詰め寄って、そしたら」

「『お前が悪い』ってフられちゃった」

「最低だなその男」


 ゴミ箱にティッシュを捨てた初音はまだ泣いている。

 ていうか、クズすぎだろ。相手の男。フられるならまだしも、フるなんて。謝りもせずに、悪口も言って。


「よし、初音」


 少し落ち着いてきた幼馴染の両肩に手を置く。


「俺が今以上に可愛くしてやるから、見返してやろう。ほ、ほら、初音がさ、もっとクラスでモテたりしてさ、ついでにアイツの話をしたらさ……」


 どっかの広告みたいだなぁなんて思ったけど、それ以外思いつかなかったし。

 初音はキョトンとしたあと、俯いた。


「私、悔しい……」


 どうやら初音も同じ気持ちらしい。


「明日、学校終わったあと、俺の家来て。とびっきりの人、紹介するから」

「とびっきりの人?」


 首を傾げる初音に頷く。


「そ。だから今日はもう帰りな。あんまり遅くまで俺の部屋いない方がいいだろ」


 いくら幼馴染といえど、年頃の男女。付き合ってもないのに、同じ部屋に夜遅くまでいるのは不健全、というか、あまりよろしくない気がする。

 初音が来てからあまり時間が経ってないように思ってたけど、時計を見れば、もう9時を回ってるし。


「ん。分かった」

「今日はゆっくり風呂入って美味しいもの食べてさっさと寝ろよ。食欲ないかもしれないけど……夜寝れなかったら電話してきてくれてもいいし」

「もう、ユウくんはおせっかいだなぁ。でも、ありがと」


 ようやく初音は笑った。まだ辛いだろうに。

 俺の部屋をそっと閉め、初音は自分の家に帰っていった。といっても、隣なんだけど。

 初音が完全に俺の家からいなくなったのを確認して、電話をかける。


「あぁ、もしもし、リュウくん? 俺なんだけどさ、明日の夕方って空いてるかな……あっ、空いてる? 良かった。実は頼みたいことがあってさ……そうそう、初音のこと。なんで分かったん? ん、まぁいいや。じゃ、また明日な。バイバイ」


 電話を切る。これで準備はできた。あとは明日になるだけだ。

 俺の可愛い幼馴染を捨てたんだ。復讐は派手にやらないと。





 翌日の放課後、初音は時間通り俺の部屋に来た。

 初音を連れて、昨日電話した相手のいる場所へと向かう。

 初音は、を見て驚いた顔をした。


「ここって……」

「リュウくんの店。去年開いたんだ。俺もたまに練習させてもらいに、ここに来てる」


 リュウくんは、俺の従兄弟だ。俺の5つ上で、小さい頃はよく初音と3人で遊んでいた。高校を卒業してから専門学校に通った彼は美容師になった。昨日頼んでいたのは、初音の髪を切ってほしいということ。

 初音は、客観的に見てもかなり可愛いと思う。目は大きくて鼻は小さくてすっとしてるし、唇だって花びらみたいで可愛らしい。身長は低くて小動物感があるし、痩せぎすなのが玉に瑕かもしれないけど、スタイルが良いとも言える。

 だからこそ俺は、初音が自身をあまり手入れしていないのが残念だったのだ。髪が重たいせいで暗い印象になっているし、肌も乾燥してたりするし。唇もわりとカサカサだし、服にもあまり拘っていないみたいだし、あと似合ってない眼鏡も可能性を殺している気しかしない。

 俺はリュウくんに憧れていて、ついでに美容師の道は元から興味があったこともあって、将来は美容師になろうと決めていた。リュウくんにそれを打ち明けたところ、リュウくんの仕事が終わったあとや休みのときにいろいろ教えてもらえることになった。というわけで、尊敬していて、初音のことをよく知っていて、かつ、腕もいいリュウくんに、初音にピッタリの髪型で切ってもらおうと思ったのだ。


「昨日予約しといたから、今から髪切ってもらおう。切るのが嫌だったら、コンディション整えてもらうだけでもいいし」

「そんな……昨日だけで予約できたの?」

「まぁ、今日火曜日だから人少なかったていうのとあと……身内だから」


 ほんとは良くないんだろうけど、滑りこみで予約を入れてもらった。そもそも、電話したのも店終わってからだったしな……


「まぁまぁまぁまぁそのことは気にしないで。な、とりあえず切ってもらおう。なっ」


 変に真面目な初音の背中を押す。初音はしぶしぶ中に入っていった。




「わっ、オッシャレー!」


 店に一歩踏み入ったとたん、初音は歓声を上げた。分かる。リュウくんオシャレだからな。


「おっ、初音、久しぶりじゃん」

「リュウちゃん!」

「おぉおぉ、その呼び方も久しぶりだな」


 ははっ、と頭をかきながら現れたリュウくんの髪は、また色を変えていた。エメラルドグリーンのツーブロック。どうやら下の髪は地毛みたいだ。派手派手だけど、よく似合っている。


「で、初音。今日はどうする?」

「ユウくんに連れてこられたから、なんも考えてなかった」


 髪を切るための椅子に座った初音にじとーっとした目で睨まれる。最初っから言ってほしかったということだろうか。確かに、強引すぎたかもしれない。


「うーん、まずは髪をすいた方がいいと思う。前髪もすっごい長くなっちゃってるから切って……いっそのことボブにするとか。初音、わりと丸顔だから、ロングよりボブの方が似合うと思うんだよね」


 早口でまくし立てると、リュウくんに笑われた。


「そうだね。その方が顔も明るい印象になりそう。だいぶ切っちゃうことになりそうだけど、それでいい、初音?」

「いや、私はこういうことに関しては専門外だから……リュウくんとユウくんが似合うっていうなら……」


 頷いた初音はシャンプー台に連れていかれた。手持ちぶさたになって、とりあえず終わるまで近くのショッピングセンターへと向かう。




「いやーユウ、やっぱよく見てるな。それに初音も……」

「なんの話?」

「いや、なんでもない」




 リュウくんからカットが終わったとの連絡があり、急いで向かう。綺麗なボブになった初音は、まるで天使みたいだった。天使の輪も見えるし……


「おっ、か……わいーじゃん」


 普段を心がけて。ちょっと緊張しながら言う。


「ありがと」


 髪が整えられたおかげで見える耳が、いつもより赤い気がするのは、気のせいだろうか。





 代金は俺が払うといったのだが、初音は自分で払った。よく考えたら初音、そこそこのお嬢様だもんな。社長令嬢じゃなかったけ。なんでいたって一般人な俺がそんな子と幼馴染なのかと言えば、それは初音の家の教育方針の問題だ。

 初音は小さな頃から社会勉強としてお手伝いさんと二人で暮らしており、普通の家に住んでいた。命を狙われたりしないのか? と思わないでもないのだがそんなことはないらしい。完全に一般人に溶け込むことで、ボディーガードの役割にもなっているのだとか。

 そんな初音は現在、上機嫌でパフェを頬張っていた。一口運ぶたび、顔がふにゅんと蕩けている。

 ……こういうところを好きになったんだよな。


「ありがとう。ユウくん。えりさんと二人きりだから、オシャレに気を配る機会とかもなくって」

「いやいや、こちらこそパフェ奢ってもらっちゃったし」


 美容院を出てから、俺たちは服を買いに行った。ついでにアクセサリーや化粧品も。制服がオシャレに見えるようなものも買ったし、とにかく疲れた。疲れたところに目に入ったのが喫茶店だったわけだ。

 俺はお礼としてパフェを奢ってもらい、今に至る。ちなみにえりさんとは初音のお手伝いさんのことだ。


「ううん。本当にありがとう」


 パフェをもう一口。なんかハムスターみたいで可愛い。

 少しじっと眺めていると、初音はくん、と首を傾げた。それから、スプーンを差し出してくる。


「はい」

「……へ?」

「えっと……あーん?」


 果たしてこれはもらってもいいのだろうか。瞬きしたが、飲み込んだ。やっぱり幼馴染……ていうか、兄弟みたいな感覚なんだろうな。

 でも……


「私のやつ、すごく美味しくない?」

「う、うん。美味しい」

「だよね! ユウくんにも食べてみてほしくって……!」


 にへら、と笑った初音の耳が赤いのは、やっぱり期待してもいいんだろうか。




 

 ジリリリリリ、という目覚ましの音で目を覚ます。まだ朝の5時。普段なら起きることもないような時間だが、今日は例の復讐の日なのだ。

 さっそく初音の家に行って(初音に彼氏ができてから会っていなかったとはいえ、顔パスで入れる)、昨日買った化粧品を出し、初音を叩き起こしてから準備を始める。まずは化粧水と乳液、パックでしっかり保湿して。校則違反がばれない程度にファンデーションとパウダーを仕込み、瞼にアイシャドウを塗って、マスカラもして、仕上げにリップを塗った。薄いピンク色のグロスで、塗ると唇がツヤツヤテラテラになる。

 全部リュウくんに教わったことだ。

 

 あとは髪を編み込みのハーフアップにして後ろでまとめて……ピンク色のリボンで結べば……


「終わったよ、初音」


 鏡を覗きこんだ初音がわぁっと声を上げる。

 確かに昨日までとはまるで別人で、まるでどこかのおとぎ話に出てくるお姫様のようだ。冗談抜きで。

 ポテンシャルを最大に生かしたその姿は、可愛い以外の何物でもなかった。マジで可愛い。可愛いを言葉にしたらこうなるんだろうな、という感じ。これに関しては自分を褒めたいレベル。

 コンタクトに変えたから、目はぱっちりしているし、唇には色もあって可愛らしく、髪はゆるっと初音らしい雰囲気にまとめられているし、肌のノリだって、最高とまではいかないものの、昨日までとは段違い。制服も、普段の制服の上に流行りのダボッとしたカーディガンを着せた。


「全然違う……」


 ごくん、と唾を飲み込む音が聞こえる。


「これで復讐……できるかは分からない。もっと可愛い子たちはたくさんいるし、モテるかどうかは分かんないし、アイツは、私が変わったくらいで悔しいと思うのかも分からないし。でも……」

「ありがとう」


 手鏡から振り返って、初音は笑う。おとぎ話の、お姫様のまま。


「ありがとう、ユウくん」


 



 初音は俺の隣のクラスだ。元カレは確か初音と同じクラスだったはず。覗いたら様子見れるか。

 そのままの流れで初音と一緒に登校する。


「あれっ、初音ちゃん? どしたの? 別人みたいじゃん」

「えっ、変わった? 昨日から今日の間になにがあった!?」

「しばらく誰か分かんなかった!」


 教室に一歩入るだけで友達に囲まれる初音。やっぱり上手くいったみたいだ。初音が褒められると自分のことのように嬉しい。

 彼氏の姿を探す……いた。教室の真ん中。初音の席は一番手前側みたいだった。まだ初音には気づいていない。


「上手くいったらいいんだけどなぁ」


 人の事情だけど、やっぱり自分の片割れみたいな幼馴染のことだからそう願ってしまう。ついでに、小さい頃から好きな初音のことだから。


「まぁ、俺が見てても仕方ないか」


 そっと、教室を離れた。




「久しぶり~、ユウくん」


 幼馴染がフラれた事件から約1カ月。幼馴染に化粧の仕方や髪のアレンジの仕方を教えた俺は、もう自分の役目は終わったとばかりに彼女から離れていった。元々初音に彼氏ができてから、俺はあまり初音に会わないようにしていたし。それでも1カ月会わないのなんて初めてだったけど。

 玄関のドアを開くと、そこにいたのは別人のような初音だった。肌ツヤは1カ月前とは段違い。髪のキューティクルは綺麗に保たれてるし、天使の輪の輝きだって全然違う。

 目はさらにパッチリして、唇のしわだってなくなっている。全体的にスッキリした気がするし、何より垢抜けた。


「ひ、久しぶり」

「最近会ってなかったもんね。けっこう頑張ったくない?」

「うん。めっちゃ変わったね」


 髪をいじいじする初音を部屋に入れた。


「やっぱりユウくんの部屋は落ち着くなぁ」


 お気に入りのクッションを膝に抱える初音。たまたまあったパピコを差し出すと、目を輝かせて受け取った。お菓子好きなところは変わってないんだなぁ。


「それで、今日はどうしたの?」


 1カ月前とほぼ変わらないような質問をすると、初音は床へと視線を落とした。


「えっとね、もう一回お礼言いにきたの」

「いや、別にいいのに」


 半分浮かれてしたことだ。今から考えたら、弱みに付け込もうとしていたのかもしれない。


「復讐も上手くいったっていったていうかさ……私自身は変わったわけで、それに新しい恋を見つけたからさ、もういいかなって思ったんだけど、アイツ、なんかすごい絡んでくるから嫌になって言ってやった。クラスのみんなに、あのときのこと」


 後半部分はほとんど聞いていなかった。そうか。新しい恋を見つけたのか。黙っていると、初音はそのまま続けた。


「もしかしたら都合良いって思われるかもしれないけど、でも、その……」

「私を変えてくれてありがとう。小さい頃から、支えてくれてありがとう。それでね、ユウくん。言いたいことがあって、その……」

「好きなの」


 持っていたパピコが床に落ちた。そっか。新しい恋っていうのは。


「みんなにもね、言われたの。元カレのこと、そんなに好きじゃなかったでしょって。ずっとその……ユウくんだけが好きだったんじゃないのって。そう言われて、なんというか、今までの感情がすっかり分かったていうかなんていうか……いやぁ、実を言うとね、お恥ずかしながら、たぶんアイツのことはあんまり好きじゃなかったのかもしれないっていうか……ユウくんが全然私のこと見てくれないから、新しい恋を見つけようと思ってて、そんなときに告られたから付き合ったの」


 えへへ、と頭をかく初音を見る。

 2、3歳からの仲だ。初音のことは、初音以上に知っている。全然見てないなんてことはない。俺はずっと、初音だけを見てきた。

 小さい頃から、ちっちゃいのに気が強くて、俺にしか涙は見せなくて、情に厚くて、そのくせ大人しい女の子。


「だから、その……」


 初音は床に落ちたパピコを拾った。そのまま、俺の手に乗せてくる。

 目を真っ直ぐ見られれば、何も言えなかった。


「良ければ、付き合ってください」

「よろしくお願いします」


 それだけ返すと、ぎゅっと抱き着かれた。


「うん。よろしくね。ユウくん」




 ちなみに、元カレは噂が巡りに巡り、先輩にフラれ、その先輩も噂が回り、大変なことになっているそうだ。直接関係のない俺にまで話が回ってきたから相当だろう。

 初音は、クラスのアイドルとして君臨しているようだ。謎のファンクラブまでできているらしい。俺の好きなようにプロデュースしたのだが、初音は今も化粧の仕方も化粧品も変えていない。ユウくんがくれたから、だそうで、彼氏冥利に尽きる。

 だから今は、そう。年月の溝を埋めるように、2人でいる。

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幼馴染が浮気されたので、可愛くプロデュースして元カレに復讐することにした 時雨 @kunishigure

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