最終話:死が二人を分つまで

 それから約二年半後に、湊に妹が出来た。名前は海菜うみな。名前の付け方は湊と同じで、海が適当に決めた。大人しい湊とは対照的に、海菜はやんちゃで悪戯っ子だった。高いところに登って落ちそうになってヒヤヒヤさせられることはしょっちゅうだった。


「誰に似たんだか」


「どう考えても海ちゃん。将来女たらしになりそう。てか、既に片鱗が見えてる」


「そんなこと無いと思うけど」


 言っている側から彼女はイヤホンを落とした女性を口説いていた。


「すみません! うちの子が!」


「ふふ。可愛い坊やですね」


「ぼく、おんなのこだよ」


「あら。ごめんなさい」


 そんな、少年と間違えられることが多かったやんちゃな娘は、小学生になると髪を伸ばし始めた。一人称もからに変わった。従姉の空美ちゃんの影響らしい。

 中学生になると、彼女は「自分はレズビアンだと思う」と俺と湊にカミングアウトした。海には先に相談しており『そんなこと大したことではないから安心しろ』と言われたらしい。


「えっ、母さんレズビアンだったの? じゃあ僕はまさか……」


「兄貴。私と同じリアクションしないでよ」


「湊も海菜も俺と海の子だよ。不安なら親子鑑定でもする?」


 俺がそう言うと「母さんも同じこと言ってた」と海菜はおかしそうに笑った。




 高校生になると、海菜に恋人が出来た。小桜こざくら百合香ゆりかちゃんという、大人っぽい雰囲気の同級生の女の子だった。百合香さんのお父さんはたまたま、海の店の常連だった。海菜はそれを利用し、百合香さんとの仲を彼女の母親に認めさせるだけでなく、微妙だった小桜家の絆まで修復してしまった。


「すげぇなあいつ……」


「流石主人公」


「主人公?」


「……帆波と月子が描いた希望の物語の主人公だよ」


「あぁ……そっか。海は海菜がレズビアンだって知った時から、主人公の座を託すって決めてたんだね」


「僕なんかよりよっぽど適任だから」


 海菜の影響なのか、彼女の友人達はセクシャルマイノリティを公言する子が多かった。海の言う通り、海菜は学校ではマイノリティの希望となっているようだった。

 百合香さんとも別れることなく、二人の交際は順調に続き、高校を卒業すると二人は同棲を始めた。

 それから一年も経たないうちに、兄の湊が結婚した。結婚式に出席する海菜は複雑そうだった。

 二十歳になると、海菜もパートナーシップを結んだ記念に式を挙げた。結婚式ではなく、婚姻式だと言って。

 二人が二十歳を過ぎても相変わらず法律は変わらなかったが、時代は少しずつ、少しずつ変わっていき、二人が二五歳になった年にようやく、同性婚の法制化が成立した。

 海はそのことを水元さんと天龍さんに報告しに行った。そこで元カノと再会し、なんやかんやで彼女の結婚式に出席することになったらしい。


「えっ。俺も? マジで?」


「向こうが幸せアピールしてくるならこっちも返さないとだろ」


「うええ……」


「大丈夫だよ。あいつはもう別の人の恋人になったから。……僕らはもう、とっくに別々の道を歩んでる。それぞれの道に口を出すことはもう無い。……あとね、麗音」


 彼女はポケットから鍵を取り出し、俺に見せた。その鍵がなんの鍵なのか一瞬分からなかったが、水元さんたちが亡くなる前に彼女から預かった箱の鍵だとすぐに察した。


「これの鍵?」


 押し入れに封印した箱を持ってくると、彼女が鍵を開けた。


「……これって……」


 箱の中に入っていたのは、ホッチキスで止められたノート。そしてビデオカメラ。


「帆波の遺書のコピーだよ。計画書と一緒になってる。見たかったら見て良いよ」


「このビデオカメラは?」


「……本当に一度も見なかったんだな」


「偉いでしょ。褒めて褒めて」


「はいはい。……預かってくれてありがとね。君に預けて正解だったよ。ビデオカメラの中身は今からDVDに焼き直す。美夜宛てのメッセージなんだ。……結婚祝いの」


 美夜というのは今度結婚するという海の恋人の名前だった。美夜さんはレズビアンで、結婚相手は女性だ。


「……二人は、同性同士で結婚できるようになる日が来ることを信じていたんだ」


「……希望は捨ててなかったんだね」


「……帆波は言ってたよ。『差別が蔓延るこの世界では、誰もが殺人者になりうる。それを知らしめるためには、多少の悲劇が必要だと思うんだ』って」


「……だから二人は自ら悲劇を作り出したの?」


「そう。だけど、悲劇で終わらせないために、僕に一縷の希望を託した。『私達の選択を、可哀想な二人の同性愛者の悲劇で終わらせないために、希望を振りまき続けて』って……めちゃくちゃだよなぁ」


 あれからもう三十年近く経って、ようやく事件の真相が明かされた。二人の死は決して無駄ではなかった。思惑通り、あの事件は多くの人に影響を与えた。11月22日になると、知り合いでもなんでも無いのに、未だに二人に祈りを捧げてくれる人達が居る。


「……なんだかんだ言いながら言いつけ守ってるじゃん」


「……あそこまでされたらやらないわけにはいかないだろ。よっぽど強い意志がないとあそこまで念入りに計画を立てることなんて出来ない。……何も考えずに死のうとした僕には無理だ。まぁ、どちらにせよ、僕はあの日、古市さんに、寿命を迎えるまで死ねない呪いをかけられてしまった。どうせ死ねないなら『死ぬのが勿体ない』以外にも生きる理由があった方が良いだろ」


「……そっか。だから君は、誰かの心のオアシスになるって決めたんだね」


「……あぁ。そしてようやく、時代は変わった。けど……」


「けど?」


「……僕は、寿命が尽きるまで死ねない呪いにかかってるんだ。迎えが来るまでは死ねない。だから、それまでの間、これからもよろしく頼むよ」


 そう言って彼女は小指を差し出した。絡めて約束を交わした。


「ん。よろしくされました。こちらこそ、あと数十年、よろしくね」


「改めて数字にされると長いなぁ……」


「一人なら長いかもしれないけど、俺も一緒だからすぐだよ。ここまでもあっという間だっただろ?」


「……そうだな。あっという間だった。……仮に、僕が先に向こうに逝ったとしても、絶対に追いかけてくるなよ」


「追いかけないよ。けど、ちゃんと俺が来るまで待っててね」


「それは保証出来んな」


「ええー! 愛してるなら待っててよ! 一緒に転生して、来世もまた一緒になるんだから」


「うわっ、重っ。怖っ」


 言葉とは裏腹に、彼女は楽しそうに笑った。心からの幸せな笑顔だった。その笑顔を見て、俺は一つ提案をしたくなった。


「ねぇ海ちゃん。俺達もさ、ちゃんと結婚式挙げない?」


「……いや……今更良いよ」


「俺は挙げたいです」


「どうしても?」


「どうしても。今ならちゃんと、誓えるだろう?神の前で」


「……はぁ……分かったよ。けど、ウェディングドレスは着ないからな」


「いいよ。海にはきっと、タキシードの方が似合う」


「人も呼ばないから」


「うん。二人だけで挙げよう」


 後日、俺たちはお揃いの真っ白なタキシードを着て、他に誰も居ない教会で、改めて神の前で誓い合った。死が二人を別つまで互いを支え合い、愛し合うと。

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