第3話:捨てられない恋心

 高校一年の終わり頃、一人の女の子に告白された。背が高くて、ボーイッシュで、クールで、どことなく海に似ていた。彼女の告白に俺は「俺も好き」と返した。すると彼女は「ありがとう」と笑った。その笑顔が海の笑顔に重なった。あんな顔で笑っていたなと懐かしく思った。分かっていた。好きなのは彼女ではなく、海だと。ただ重ねているだけだと。だけど俺は、重ならない部分を見えないふりして、彼女を海の代わりにした。


 高校二年の秋のこと。海が高校を辞めた。それと同時にまた家出したと彼女の母親から聞いて、俺は彼女とのデートの約束をすっぽかして海を探した。

 夜になると、彼女は何食わぬ顔で家に帰ってきた。見知らぬ男性と一緒だった。古市ふるいち幸治こうじと名乗ったその男性の経営するバーで働くことになったと、彼女は言った。とりあえず一ヶ月だけだと言っていたが、一ヶ月過ぎると継続して働くと言って、水曜日以外は毎晩家を出て行った。本当に働いているのか、大丈夫なのか気になって、俺は彼女と仲の良かった、水元みずもとさんという同級生の女の子に偵察を頼んだ。


「へぇ。生きてたんだね。海」


 彼女はどうでも良さそうにそう言った。


「親友だったんだろ?」


「親友だよ。今でも親友だと思ってる。けど、ちょっと怒ってるんだ。あの子、私達にも何も言わずに学校やめたから。……分かるけどね。何も言いたくない気持ちも、高校辞めた理由も」


「辞めた理由?」


「……失恋して病んでたから。あの子。知らないの? 幼馴染なのに」


「……関わらないでくれって言われてたから」


「ふーん。だから私に偵察させるんだ」


「……きもいよな」


「うん。キモいね」


「うぐ……」


「あっはっは。けど、良いよ。私も海のこと心配だし、様子見てきてあげる」


「ありがとう。よろしく頼む」


「鈴木くん、本当に海のこと好きだね」


「好きだよ」


「それ、友愛じゃないでしょ」


「……違うよ」


「無理だって分かってるくせに」


「分かってる」


「ほんっと、気持ち悪いね」


彼女は笑顔で吐き捨てるように言う。そこには俺ではなく、異性愛者全体への苛立ちや嫌悪感がこもっているように感じた。


「っ……自分でも思うよ……だから……お願い。俺の代わりにあの子を助けて。海を一人にさせないであげてほしいんだ。友達として、支えてあげて」


「分かった分かった。はいはい。私も海のこと嫌いじゃないし、生きてくれていてホッとしてる。海がいたから私は私でいられる。月子も同じこと言ってた。だから私は、あの子の支えになりたいと思ってる。だから、君のお願いを聞いてあげる。だけどね、鈴木くん」


 彼女は一呼吸置いてこう続けた。「頼む相手間違えたって、後悔しても知らないよ」と。

 その言葉の意味が分からずに聞き返すと、彼女はなんでもないよと笑った。その笑顔がどこが不気味に思えたのは、今思えば気のせいではなかったと思う。


「ねぇ、鈴木くんのお願い聞いてあげる代わりに、私のお願いも聞いてくれる?」


「な、何?」


「海のこと、いつまでも愛してあげてね。例え結ばれなくても。ずっと。ずっとだよ」


 そして彼女はこう締めくくった。「彼女が死んじゃったら私の計画が狂っちゃうから」と。


「け、計画……? なに?」


「ふふ。鈴木くんにはなーいしょ。じゃあねー」


 そう笑って、彼女は逃げるように去って行った。これが俺が見た彼女の最後の姿になるなんて、水元さんの心にもう少し踏み込めていたら何か変わっていたのだろうかと、俺はこの先一生後悔することになるなんて、この時は思いもしなかった。

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