第2話:男と女

 中二の冬。すっかり日が落ちて外も暗くなった頃に、海の家から突然電話がかかってきた。家出をしたらしく、そっちに行ってないかとのことだった。来てないと答えようとしたその時だった。コンビニ行っていた母が帰ってきた。たまたま途中で見つけたらしい海を連れて。


「麗音、もしかしてその電話、海ちゃんの?」


「う、うん……」


 母に電話を代わり、海から話を聞く。


「どうして家出なんてしたの」


「……彼女のことがバレたんだ。母さんに。それで、口論になって。……病気扱いされてムカついたから出てきた。……そういうわけで、しばらく泊まるからよろしく」


 耳を疑った。


「え゛っ、海ちゃん泊まるの? うちに? しばらく? しばらくっていつまで?」


「……熱りが冷めるまで」


「えぇ……」


「……ごめんね。麗音」


「いや……良いよ。全然。良いよ。気にしないで。……うん。大丈夫。俺は大丈夫。大丈夫です。ハイ」


 大丈夫と自分に何度も言い聞かせた。流石に部屋は別だったが、彼女と同じ屋根の下で寝ていると思うと落ち着いて眠れなかった。

 そんな日々が数ヶ月続いたある日、俺と彼女が付き合っている噂が流れた。噂自体は前からあったが、同じ家に帰っていることがバレたことで拍車がかかったらしい。いつかはバレると思っていたが、思っていた以上に事態は面倒なことになった。


「なぁ鈴木、安藤とはもうヤったの?」


「やるって……何を?」


「ピュアかよ! セックスだよセックス!」


「セッ……!? い、いや! だから! 俺と彼女はそういうのじゃないんだってば!」


 当時、俺は女性に関する興味が無かった。元々そのことで『ピュアすぎる』といじられていたが、海が居候し始めてからは弄りは過激化していった。彼女も同じく『ヤったのか』とか『一緒に風呂入ってるのか』とか、主に男子から毎日のように絡まれていた。そこに助けに入ると『流石彼氏』とまたいじられる。彼らは俺達の話なんて一切聞かなかった。耐えきれなくなったのか、彼女はため息を吐きながら彼らに言い放った。


「……僕さ、男に興味無いんだよね」


 聞かれることにうんざりした僕は、自分が男に興味が無いことをカミングアウトした。


「だから、こいつとは何にもねぇよ。キモい想像すんな。死ね。カス」


 すると次は、恋人は誰なのかとか、女同士のセックスってどうやるのかとか、そういったことをしつこく聞かれるようになった。矛先は仲が良かった女子達に向かい、彼女の周りからは少しずつ人が消えていった。やがて、海の恋人の女の子が不登校になり始めた中二の冬、海の両親がようやく謝罪に来た。彼女は素直に家に帰ったが、時折俺の家に逃げ込んで門限のギリギリまで入り浸るようになった。時にはそのまま泊まることも。

 中3の4月。一人の女子生徒が転校した。海の彼女だった。


「海……大丈夫?」


「うるさい。話しかけんな。うざいんだよ」


「……ごめん」


「……ごめん。心配してくれてありがとう。けど……放っておいて。君と居ると疲れる。イライラする。君のこと嫌いになりたくないのに、どんどん、どんどんどんどん嫌いになっていく。無理になっていく。顔を見るだけでイライラしてしまう」


「……分かった。そっとしておくね」


「……本当にごめん。今は君の優しさが痛くて仕方ないんだ」


「……うん」


 それから俺は彼女とは関わらないようになった。別々の高校に進学して、登校時間が被れば俺からずらして、極力会わないようにした。すれ違っても、あいさつすらしなかった。

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