肉堕ち
『哀れな子羊のラムステーキ 生後12ヶ月未満の子羊を焼きました 背徳のスパイスがたまりません♪』
常連客「ぐ…しかし一昨日も食べてしまったのに…もう少し、せめてもう何日は我慢しなければ」
草食レストランの裏メニューを前に唸る客に、店員が答えた。
「素晴らしい心意気です。でもですね、裏メニューを知る人は少ないのです。勿論私は食べません。今日注文がなければ明日の朝にはこの命は無駄に奪われた事になります。せめて弔いをして差し上げては…?」
囁く様に耳元に届いた声が、本当は決まっている心の後押しをする。
「確かに、一つ頂こう」
店員はにこやかに返すと、それはそれは良い笑顔のまま、さっき捌いたばかりのラムを大きめに切り分け調理する。
「さあ、美味しく味わって差し上げて下さいな。自分を食べたのに不味そうにされては、犠牲の甲斐がないでしょうから」
「ああ、本当に美味い。尊い命の味がする…」
植物食には成しえない、重厚な肉の旨味に涙するのは敬虔ゆえだろうか。それとも、それほど感情を揺さぶるほどにただ美味であるからだろうか、肉を食べない店員にはそれが分からなかったが、それはさほど重要な事ではない。
「そうして罪を積み上げた方の魂が、何より一番美味しいのですからね」
店員は突如として巨大な牙を剝き出しにし、常連客だった者は驚く間も一瞬に一口にされてしまった。
「ああ!たまりませんわ!1年と少し、実に規範的な草食者をゆっくり堕とした味は!肉を初めて口にし、他の誰と居る時には規範を振る舞い、着実に熟成を重ねた罪の味!次に食べられるのはいつになるかしら?」
彼女はひとしきり後味に浸ると帳簿を捲り、裏メニュー提供者の状況について考え始めたようだ。これで材料は揃った。
「残念だが食べ納めだ。最後の晩餐だよ、彼はね。」
「な、何者・・・ッ!?」
振り返ると音もなくそこに居たのは公式の装備に身を包んだ、VEGETY FORCEの印を掲げる隊員だった。胸元のダイヤルを回し、フルフェイスのヘルメットに戦闘態勢を示すランプが点灯する。
「現行犯だ。冷蔵庫の生肉、プレートの上の骨、そしてお前。悪魔よ、黙って捕まってくれよ?」
隊員はサポートスプリングを唸らせ部屋中を跳ね回る。悪魔はその爪を振りかぶると隊員が懐に潜り込み、壁を蹴って弾丸の様に勢いのついた飛び蹴りを叩き込んだ。
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「証拠を押さえるために民間人を見殺しだなんて、ずいぶん酷い正義もあったものね?本当の悪魔はどっちなのかしら?」
「ふん、何とでも言うがいい。少なくともお前の帳簿に載っていた他の5人は救うさ。」
「捜査班、情報を精査して被害状況とラムの仕入れ先を調べるんだ。そして、こいつは丁重に取り調べろ」
一通りの手続きを終えた隊員はヘルメットを脱ぎ、中で窮屈にしていた長い耳を整える。欠けた部分を撫でながら、彼女はいつもの様に言うのだった。
「ラビィ、今日も一体悪魔を倒したよ。お前には必ず平和な世を見せてやるからな」
悪魔に悪魔と呼ばれる事になる一匹のウサギは、ペンダントを握りしめた。
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