凄豪の筋肉探偵 ep1.「Zap!筋肉モリモリモリアーティ」

「お決まりですが、犯人はこの中にいます。」

雪山のコテージ、孤立した恐怖の館。妖艶な貴婦人、腰の低いウェーター、20代の新婚カップル(犠牲者がこいつらだったらよかったのに!)、卒業旅行に来ていた女子大生が4人、美青年、その他数名、デカくてゴツいマッチョマンが一人。この場で2番目に兀い探偵の言葉に、全員がざわつき始めた。


「しかし探偵さん、犠牲者と因縁のある人が一人、この場にいないのでしてよ?」

どういう訳か一人でスキーに来ていた貴婦人が言った。この指摘は妥当なものである。何せ、コテージから町までの唯一の通り道、ありがちな吊り橋は崖の向こう側から切られていたのである。


「そうですよ!それに犯行が可能だった時間、ボク達はずっと同じ部屋に居たんですよ。停電で電動ドアも開かないはずです。」

面倒だから紹介しなかったのに、その他数名にカウントされていた子供も異論を唱える。


「いいでしょう、いいでしょう。あなた方の疑問は最もだ。いくらでもおっしゃってくださって構いません。しかし、その2つこそが推理の肝なのです。これは不可能犯罪では決してありません。思い込み、錯覚、トリック。お決まりですが、それを今からご解説いたしましょう。異論はその後に・・・」


探偵は外に出ようと言いながら、エアコンに取って代わられインテリアと化した暖炉に手をかける。グァッ!と気合を入れて持ち上げると、壁の一面と床の間に、即席の出入り口が出来た。頑強にレンガを組み立てて作った暖炉は、それを支えるのに十分な強度を有している様だ。


「少し準備が要ります。すぐに戻りますね」

探偵は隙間から外へ滑り出し、持ち上がった壁は大きな音を立てて元に戻り、その場に居た全員が見に覚えのある感覚を持った。


「そ、そうか・・・!確かに外に出るのに、必ずしもドアを開けたり切ったりする必要はあるまい!」

武士の爺は驚嘆を隠せないでいた。わしの頭も固くなってしもうたかと。


「あの時はめっちゃ動揺しててわからんかったけど、確かに停電の後に地震やった!」

「地震が起きたせいで停電が起きたもんやと勝手に思ってたわあ」

「一瞬寒なったのもエアコンが切れたんやなくて、外の空気が入って来とったからか!」

「私たち、勝手に思い込んじゃってたわね・・・」

関西弁がかわいい女子大生のうち3人と、癖の強い話し方をする美青年が神妙な表情で納得したと頷く。


「その通りです。そして出る時には使えない窓も、戻る時には何の問題もなく使えるのです。建物の外はとっかかりが多いですからね。上るのは中よりずっと容易ですよ。」

探偵は上から降ってくると、単純な事実は見落としがちだとつけたし、正規のドアから皆を連れて外に出る。すると彼は雪の上だというのに軽快に走り出し、最後に吊り橋の柱に足をかけ跳び、35メートル先の対岸に着地した。


彼が走った後を見ると、そこには無数のスキー板やスノーボードが転がっている。


「なあるほど!ボードが散らばっていたのは風のせいではなかった!」

「水上トンボの術の如く。いや確かに原理は同じ、面積が増えれば沈みませぬな。む、彼が何かをジェスチャーしているでござる。・・・鎖十手?*あいわかった。」

シノビは対岸へと鎖を投げ飛ばし、片側を杭に固定する。探偵はそれを持ち、ターザンの要領でアアアアアアアアーッと飛び出し、こちら側の崖に大きな音と共に激突する。

*鎖十手・・・なんか重そうな金属の塊がついた鎖。忍者が用いるアレ。


「犯人は吊り橋を切ると同時に、それに掴まってこっちに戻ったのね・・・。確か確かに、下の方の板が割れているわ。崖にぶつかったからね。」

綺麗な顔の青年が汚い声で呟き、周囲の全員も頷く。ただ一人、ゴツいマッチョマンだけが青い顔をしている。色黒なので正直よくわからないが、まあ言葉の綾というやつだ。


「イテテ・・・私程度の筋肉では普通に痛いですね、これ。まあ、これで犯行可能な人物が絞れましたし、皆さんお分かり頂けたかともいます。普通の人はまず出られません。忍者も武士も、道具を使えばその個所に痕跡が残ります。暖炉の近くに居て建物を持ち上げ、凶器なしで二人を葬るだけのパワー。対岸へ跳ぶ脚力、崖に勢いよくぶつかっても平気な耐久力。」

とても言い逃れができない、完全な推理。探偵は全てのトリックを看破した。


「犯人はあなたですね。隆々院 剛(りゅうりゅういん つよし)さん。警察もまもなく到着します。大人しく逮捕されてくださいますね?」


漢山に承わる伝説の如く、悲しい咆哮が日差しの覗く寒空に響いた。



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白昼の麓町。数台のパトカーに囲まれて、事件の関係者が全て保護された。

「・・・というのが事件の全容です。本人も犯行を認めていますので、署での聞き取りに不自由はないでしょう。」

「お疲れ様です。しかし鮮やかな手口ですねえ。あなたじゃなければ解決できなかたでしょう。」

「いえいえそんなことは。私が偶然筋肉探偵で、本当に良かっ・・・」

優れた探偵は違和感を無視しない。それこそが本質であるからだ。そう、これ程に鮮やかな手口を、あの男が即興で出来るのだろうか?己の犯した罪と壊れた友情に涙を流して悔いる様な男が、こうも入念に・・・?

こういう時の直感もまた、無視しない。根拠はないが、幸い今は我々に従順なのだ。この場で問いてみよう。パトカーに向かって歩く。これは間違いなく、もっと大きな事件の一部に過ぎない。そんな気がしてならない。


「隆々院(りゅうりゅういん)さん、あなたには酌量の余地もある。お聞きしますが、この事件には他に協力者がいたのではないですか?例えば、入念に計画を練って実行を唆した様な。」

ゴツいマッチョマンは少し考えると、重く口を開いた。

「・・・ああ。探偵さん、あんたには伝えるべきだろう。お見通しの通りだ。漢として、あいつのためにも白状させてもら」

マッチョマンが血を噴き出し、パワーウィンドウにだらりともたれかかる。向こう側からドアを何かが貫通した。足元に光る金属片。弾丸か?

「隆々院さん!しっかり!救急車がすぐに待機しています!意識を・・・」

マッチョマンは力なく手を向け探偵の言葉を遮る。そして最期の力を振り絞り、せめてもの償いのつもりだろうか。ある男の名を口にした。

「え・・・モリ・・・?」

「ゲフッ・・・今回の指示を出していた奴の名だ・・・。どうやら俺はダシにされちまったらしいな・・・」

「何です急に!それよりも気をしっかり!傷口は強く抑えています!医療チーム、早く!」

マッチョマンはパトカーから降ろされ、担架を経由して救急車へと移されようとしている。

「聞け・・・」

「いいえ、無理して喋らないで下さい!話は回復してから落ち着いて聞きます!」

「いいから、聞け。俺は助からん・・・奴は俺をすぐに殺せた。喋る時間があるって事は、俺に喋らせたかったって事だ。」

「一体何を!話がさっぱり見えません!」

「奴に気をつけろ・・・正体は誰にもわからん・・・。ただ、関わる人間はみんな、奴がとにかく退屈してるって知ってるんだ・・・。もう一度言う、気をつけろ・・・。奴はお前を・・・・・・」

この感覚を知っている。マッチョマンは死を迎えた。躯特有の静けさ、冷たさを纏って、それは還らぬ命だと全員の本能に訴えかけた。

探偵はパトカーに戻り、ドアと彼を貫通してアスファルトにめり込んだ金属片を拾い上げる。それは1超ドル硬貨で、形は中央がやや窪むように変形し、発射装置などを使った形跡もない。向こう側が一瞬輝き、見上げると遠くに大きなビルが見えた。


「投げたというのか、あのビルから。」


ほら、違和感も直感も大当たりだ。とすると今感じているこれもまた、そう遠くない内に答え合わせができるだろう。

「筋肉モリモリモリアーティか。お前の望みなど叶えるつもりはないが、いいだろう。次に垣間見えた時、必ずその正体を暴き、檻に入れてやる。」


時は凄豪一年。初夏の風は新たな時代を運んだかのようだ。

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