触れたくて④


 執務室。無意味に豪奢ごうしゃだった部屋は随分と質素となった。飾るしか用途のない華美なだけの置物の類を全て売り払ったおかげでだいぶスッキリした。


 あとは山積みにされた書類さえなくなれば言うことはないのだが。


 輝は黙々と書類を処理していく。溜まっている仕事は増える一方で終わる気配がない。それでもやらないことには終わらない。


 それに今は忙殺されている方が余計なことを考えずに済む。


 陽が高く昇る時間になるまで政務に没頭しているとノックの音が響いた。



「輝、入ってもいい?」


「ああ」



 アルフェリカだ。浮かない顔をして部屋に入ってくる。



「どうした、なにかあったのか?」


「……それは輝の方でしょ?」



 今朝のことを言っているのだろう。輝は走らせていたペンを机に置く。



「まあな。いろいろなことを言われたよ」



 けどそれはいつものことだ。批難してきた相手が理想郷の者というだけで何も変わらない。気にするほどのことでもない。


 そう心の中で自分に言い聞かせた。



「俺なら大丈夫だ」



 そう口にする輝へ透明な視線を向けたアルフェリカは、かなり不満そうな顔をした。しかしこちらの言葉の真偽について彼女は言及しようとしない。


 代わりに違うことを尋ねてきた。



「どうして夕姫と一緒にいてあげないの?」


「やらなくちゃいけないことがまだまだある。『ティル・ナ・ノーグ』との今後の調整はティアノラに任せているけど、俺は早急に都市の体制を整える必要がある。あまり時間が割けないのが現状だ。彼女たちの身の回りの世話は侍女たちに任せているから、そんなに問題はないだろう」


「……その理由は、本当なのね」



 アルフェリカは首を横に振る。伏せられた目が「わからない」言っているように思えた。



「いまこうしている間にも世界のどこかで転生体が虐げられているかもしれない。目的の実現には時間がかかるとはいえ、為に時間をかけるわけにもいかない。人間と神が共存する世界を創るために、まずは転生体の居場所を創る。早いに越したことはないだろ?」



 そのためには時間は惜しむべきものだ。他の者に任せられることは任せるが、王である自分にしかできないことも多い。少しでも早く実現に向けて進むためには力を尽くすしかない。


 その力に余分はない。



「でも、夕姫が来てるのよ? あんなにも仲が良くて、あんな別れ方をしたのに、どうして何も話さないの?」



 話すことはたくさんあるはずなのに。


 アルフェリカの消え入りそうな声に輝は胸の痛みを感じる。『オフィール』に辿り着くまでの旅で彼女が幾度となく気にしていたこと。罪悪感に苛まれていたこと。


 その度にこう言った。


 アルフェリカに夕姫の代わりになることを求めてはいない、と。


 黒神輝にとって神楽夕姫はかけがえのない存在だった。


 守りたいと思った少女。だけど今の彼女は守護者。『ティル・ナ・ノーグ』の後ろ盾があり、彼女自身が誰かを守る力を持っている。


 今の夕姫に黒神輝は必要ない。


 それに話したいことは昨日の夜にもう話せたはずだ。



「どうもこうもない。彼女よりも大事なことがあるからだ」


「嘘、よね……?」



 アルフェリカがふらついた。信じられないモノを見るように顔を引きつらせながら輝を凝視した。



「輝は、夕姫のことをどう思っているの?」



 どうしてそんなことを問うてくるのか。質問の意味を輝は理解できなかった。


 それ故に記憶の中にある事実そのままを答えた。



「ただの友人。それだけだ」



 黒神輝には絶対にありえない失言だと気づかないまま。

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