第二章:近くて遠い《アドレイション》

近くて遠い①


「ふわぁ、大きいですね」



 外壁に囲われた都市は円錐状の形をしていて、まるで山を模しているようだった。そびえ立つ巨大な門の前には検問待ちの列が伸びている。


 『ティル・ナ・ノーグ』とはまた異なる大都市の姿に夕姫は子供のように目を輝かせた。


 『ファブロス・エウケー』。ここに輝がいる。



「はぁ、やっと到着ね……ずっと座りっぱなしだったから腰痛ったい……」


「マッサージしてやろうか?」


「アンタは変なとこ触ろうとしてちゃんとしてくれないからイヤ。あとで自分でストレッチでもするわ」



 鼻の下を伸ばすゼロスを押し退けて、シェアは外に出ると両手を上げてぐぐぅーっと凝り固まった背筋を伸ばした。豊満な胸元がことさら強調されている。


 自分の胸に目を落とすとなんだか悲しくなった。



「夕姫も外に出たら? ずっと薄暗いとこにいたんだから陽の光を浴びたらいいわよ。座りっぱなしでお尻痛いでしょ?」



 『ティル・ナ・ノーグ』の装甲車両に揺られること実に四日間。途中、何度も休息を挟んだとはいえ、荒れた大地を走る車はガタガタとひっきりなしに揺れるものだから、シェアの言う通りお尻が痛い。身体も強張っていた。


 シール、シェア、ゼロスの手前、痛みを訴えること憚られて、長時間を耐えて耐えてようやくの到着である。


 お日様の下に出たいというのは紛れもない本音。



「でも危なくないの? ほら魔獣とか」



 正直なところ『アルカディア』の外というだけで内心びくびくしている。


 都市が目の前とはいえここはまだ外。ゆっくりと消化される順番を待っている間に魔獣が襲ってくることもあるのではないだろうか。



「この辺りはランクCを超える魔獣はそうそういませんから心配する必要はありませんよ」



 そんな夕姫の心配をシールは問題ないと保証する。



「それに守護者が三人いるのです。高ランクの魔獣であろうと問題なく対処できる戦力です。検問で並んでいる方々もそれぞれ護衛を雇っているはずですし、そう滅多なことは起こりませんよ」


「むしろ魔獣が出れば夕姫ちゃんの実践経験が積めるから、そっちの方が良いくらいかもな。俺とシェアがいればいざというとき助けられるし。な、夕姫ちゃん!」



 ニカッと歯を見せながらサムズアップ。



「む、無理に戦わなくてもいいんじゃないですかねぇ……」


「大丈夫大丈夫。何事にも初めてってあるもんだから。早いうちに経験しといた方が絶対良いって。手取り足取りなんなら腰取り、優しく教えてあげるからさ。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけやっといた方が良いって」


「うっ……」



 別に魔獣と戦ったことがないわけではない。故郷の村から『アルカディア』に辿り着くまでは何度も戦ったことがある。


 ゼロスはそれを知らないらしく、両手をワキワキさせながら下心見え見えの親切心を向けてきた。


 身を守る本能が働いて足が引く。貼り付けた笑顔が引き攣っているのが自分でもわかる。



「キモいからやめなさい」


「ノオォォォ!? 目がっ、俺の目がぁぁっ!?」



 窓の外から突き入れられた薙刀がゼロスの目を潰す。失明もあわやという目潰しを受けたゼロスは両目を押さえてバタバタと痛みに悶えていた。



「ったく、どうしようもないんだから」



 ため息をつくシェアは薙刀を肩にかけながら。



「でも魔獣との戦闘を経験しておいた方が良いっていうのはその通りよね。守護者を名乗る以上、戦闘は避けて通れないんだから。いまのうちに経験しておかないと戦わなくちゃいけないときに戦えないわ」


「だろっ!? シェアもそう思うよな! だからここは俺が――」


「アンタには任せない。その辺で草むしりでもしてなさい」


「ごっふぅっ!?」



 シェアは瞬時に復活してきたゼロスの服に薙刀を引っ掛けて車外に放り出す。のそのそと起き上がったゼロスは「なんだよなんだよ……」といじけて足元に生えている草をぶちぶちとむしり始めた。


 哀愁漂う背中に同情の念は湧いてこない。



「あれ? でも夕姫って一度破壊獣ベヒモスと戦ってるんだっけ?」


「そ、そだね」



 『アルカディア』に侵入したランクAの魔獣。それに立ち向かい、傷ついた輝の姿はいまも脳裏に焼きついている。


 輝が死んでしまうと思った。そう思っただけでいつの間にか身体が動いて、そして気づけば魔獣は魔力素マナ結晶になって消えていた。



「あと私、子供の頃に魔獣とはたくさん戦ってるから……一応、経験がないわけじゃないんだ」


「あら、そうなの?」


「私は『アルカディア』の生まれじゃないから。住んでた村を追い出されて、それで……」


「ごめんなさい。辛いことを思い出させたわね」


「う、ううんっ。もう昔のことだから気にしないで。いまは『アルカディア』で何不自由なく暮らせてるし、転生体だってバレてもこうして良くしてもらえてるから。だから辛くはないよ――わぷっ!?」



 シェアに引き寄せられたかと思うと、ぎゅうっと抱きしめられた。



「そっか」



 優しい呟き。それだけのことなのに、心が温かくなった。



「でも今後連携を取るために夕姫の戦い方を知っておきたいから、やっぱり一回は戦っておきましょ。行きは運良く魔獣に遭遇しなかったけど、帰りは多分遭遇するだろうから」


「え、ええっ!? でも私――」


「あ、ほら、次はあたしたちの番よ」



 順番が回ってきて夕姫の主張は最後まで言わせてもらえない。


 都市に来た目的など、シェアと話す門番の人たち姿をしかたなく眺める。


 門番の人たちはみんな身体のどこかに刻印を持っていたことがとても気になった。

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