血塗れ王の憂慮⑧


 本部長や『鋼の戦乙女』アイゼンリッターたちと挨拶がてら話をして本部を後にした。


 泡を吹いて倒れた女性を見たが、まさかあれが本部長だったとは。『鋼の戦乙女』アイゼンリッターの長ともなれば、確かにイリスの行為に卒倒したくなる気持ちもわからなくはない。


 応接室に通されたとき本部長は壮絶な顔で腹を切ろうとしたので全力で押し留めた。


 イリスのアレは今に始まった事ではない。輝にとっては友人との交流なのだ。罰することでもないし、気にすることでもない。


 それより切腹などという古い風習いったいどこで覚えたのだろう。そちらの方が気になる。


 いろいろとあった後、今度は市場に足を運んだ。


 露店が並び、日用品を求めて多くの人々が往来している。まだ撤去しきれていない瓦礫があちこちに散見されるが、それでも十分に活気づいているように見えた。



「見て回りたいんだけど、構わないか?」


「もちろんです。私のことはお気になさらず」



 一応、レイに同意を求めてから輝は市場を歩き始めた。


 道行く人々が輝を目にすると次第に喧騒が小さくなり、やがて止まってしまった。


 静まり返った市場を歩く輝に衆目が集まる。恐怖、怒り、嫌悪。そういった感情が徐々に広がっていく。誰も近づこうとはしない。


 わかっていたことだ。


 構わず輝は市場を見て回った。並んでいる商品は多種多様。品薄ということもなさそうだ。供給は十分に間に合っていると思われる。


 少し、喉が乾いた。



「すまない、この飲み物を二つもらえるか?」


「へ、へい……リンゴですねっ、た、ただいまっ」



 手近な露店に近づき、飲み物を注文すると店主は声を裏返しながら慌ててリンゴを搾汁機に投げ込んだ。壊れるのではないかと心配になるくらいの勢いでハンドルを回している。


 その様子を見た輝は腕を組んで難しい顔をした。


 これくらいの道具であれば、『アルカディア』や他の都市であれば自動化した製品を普通に生産しているだろう。


 やはりこの都市の技術レベルは低いと言わざるを得ない。資源があっても、活用できないのでは意味がない。



「お、お、お待たせして申し訳ございません!」


「いや、別に謝られるほど待ってないから」


「申し訳ございません!」



 ため息が出そうになるのをなんとか堪えて渡された器を受け取った。片方をレイに渡す。



「ありがとうございます」



 レイは渡された器を両手で持ってコクコクと小さく喉を鳴らした。それを横目で見ながら輝は財布を取り出す。



「すまない、いくらだ?」



 値段を聞くと店主はブンブンと首と両手を横に降った。



「め、滅相もない! 陛下や貴族の方からお代を頂くことなどできませんっ」


「それはダメだ」



 代金の受け取りを拒否しようとする店主に輝はぴしゃりと言った。



「俺はあんたの店から飲み物を買った。店主はあんたで、俺は客だ。客に王も平民も関係ない。等しく客だ。そして買った商品に対して代金を支払う義務が客にはある」



 前王政では王や貴族が代金を踏み倒すのは当たり前だったのかもしれない。しかしいまは違う。悪しき風習を継ぐ必要などない。



「理由もなく特別扱いするな。商売っていうのは信用が大事なんだろ? で、いくらだ?」



 店主から値段を聞き出し、その代金をきっちり支払う。受け取った店主は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。


 そんなことに構いもせずに輝は飲み物を一気に飲み干す。リンゴ特有の酸味と甘みが口の中に広がり、喉の渇きが潤った。



「うまいな」



 空になった容器を返すと店主はやはり目をぱちくりとさせた。


 隣ではまだほとんど飲んでいないレイが中身を減らそうと急いで喉を鳴らしていた。



「急がなくていいからな」



 気恥ずかしかったのかレイはほんのり頬を染めながら頷いた。



「見たところ仕入れは問題なさそうだけど、何か困っていることとかあるか?」


「困っていること、ですか……?」


「ああ。市場を見た感じ、物資の供給は間に合ってるみたいだけど……実際の声を聞かないとわからないことも多いからな」



 レイが飲み終えるのを待っている間、店主に実情を聞いてみることにした。店主は緊張したままだが我慢してもらうしかない。


 店主は少し考える素振りを見せた。



「困っていることと言いますと仕入額の高騰です」



 思った通り困り事があった。



「高騰と言うと?」


「へい。実はいつもの仕入れ先との取引が切れちまいまして。別のところから仕入れているんですが、これが遠方でしてね。輸送費やその護衛などで費用がかさんじまって仕入額が上がっちまったんです」


「その取引が切れたのは惨劇が理由か?」


「い、いやあ……あっしの口からはなんとも……」



 尋ねると店主はお茶を濁した。その反応自体が答えだ。


 『黄金卿の惨劇』スカージ・オブ・オフィールの後、『ファブロス・エウケー』から手を切るところはやはり少なくない。



「他の店も一緒か?」


「そのようです。仕入れの目処が立たなくて店を閉めちまってるところもあるって聞きます」



 由々しき事態だ。それはつまり生計を立てられないということに他ならない。この問題を放置しておけばいずれ路頭に迷う者が出始める。



「レイ、惨劇以前より供給量が減少してる物資をリストアップしてくれ。優先的に対処する。それと並行して雇用を生み出せそうな案件がないか精査を頼む」


「わかりました。本日中に指示を出しておきます。数日中にはご報告できるかと」


「頼む」



 文字ばかりではなく実際に住民の声を聞くことの重要性を輝は実感した。まだ未読の書類に同様の報告があるかもしれないが、埋れたままでは優先度すらつけられない。


 定期的に都市を見て回るのは有効な手かもしれない。



「ありがとう。参考になった。もし他にも困ったことや要望とかがあれば嘆願書を出してくれ。必ず応えられるとは限らないが、できる限り善処する」


「ジュース、美味しかったです。ごちそうさまでした」



 呆けた顔の店主に礼を告げて輝たちは時間が許す限り市場の声を聞いて回った。

 

 市場で聞き込みを続けているといつの間にか昼食時を過ぎていた。


 輝とレイは市場で購入した串焼きを食べながら次は裏区画を見て回ることにした。


 もともと荒廃が進んでいた裏区画は表区画に比べて復興が遅れている。崩壊した建物が目について見た目には酷い有様だが、以前歩いた時のような暗澹とした空気は感じられなかった。



「あ、王様!」「なにっ、どこだ!?」「おーい、黒神さんが来てくれてるぞーっ」「わーいっ、お兄ちゃんだーっ」「おうさまぁ、おうさまぁ」



 輝を見つけた誰かが大声で知らせるとあちらこちらからが集まってくる。彼らは転生体、覚醒体、人間、レドアルコン家に奴隷にされていた者たちだった。子供たちは我先にと輝に駆け寄って足元に纏わりつく。


 その元気な姿を見ているとこちらまで元気をもらえる気がした。



「みんな元気そうだな」


「それはもちろん王様のおかげですよ!」「黒神さんのおかげで家族と一緒に暮らせています」「ほらこれ見てー、これ新しいお洋服なの」「お家もねー、こぉぉぉんな広いところに住めるようになったんだよっ」「衣服や毛布など支給して頂いたおかげで寒さに凍えることもなくなりました」「穴掘り以外の仕事も作ってくれたしなっ」「ほんと王様さまさまだよなっ」

 口々に述べられる感謝。そこにかつての絶望は微塵もなく笑顔に満ち溢れていた。


「生活に不便はないか?」


「まさか! 食べ物にも寝る場所にも困ってません! 前と同じ穴掘りだとしても、ちゃんと賃金がもらえるようになりましたし、子供らにも腹一杯食わせてやれています! 以前に比べれば天国ですよ! 俺らを自由にしてくれた王様には、本当に感謝してもしきれません!」


「俺は別に大したことは――」



 深々と頭を下げられて、輝は喉まで出かけた言葉を途中で飲み込んだ。


 奴隷からの解放は、彼らにとっては大したことなのだ。謙遜したところできっとまた同じことを言われるのだろう。



「ありがとう。もし何か問題があったら相談してくれ。力になる」


「ありがたいお言葉です。けど王様もお忙しいでしょう。自分らの問題は自分らで解決してみせますので、王様はこの都市をもっと良くしてください! みんなが共存していける場所をどうか実現させてください! 俺らでよければ力になります。まあ俺は人間なので大したことはできないでしょうがね」



 そう言われて嬉しくないはずがなかった。


 早々に話に飽きてしまった子供たちは少し離れたところで球遊びをしている。人間の子供、転生体の子供、それを見守る人間の大人たち。


 共に在り、共に遊び、共に笑顔。


 いつか、この光景を世界で。



「ありがとう。必ずみんなを頼るときがくる。そのときはどうか力を貸して欲しい」


「「「「「もちろんです!」」」」」



 頼もしいばかりだ。



「じゃあ俺はもう行くよ。話を聞かせてくれてありがとう」


「えぇー、王様もう行っちゃうのー?」


「一緒に遊ぼうよー」



 耳聡く聞きつけた子供たちが不満顔で駆け寄ってきた。両手でボールを抱えながら遊ぼ遊ぼと催促。


 子供たちの天真爛漫さに目を細めながら輝は頭を撫でて目線を合わせた。



「悪いな。今日はまだやることがあるんだ。また今度遊んでくれ」


「うぅ……約束! 約束だよ!」


「ああ、約束だ」


「絶対だからね!」


「ああ」



 輝が頷くと子供たちは晴れやかに笑ってそのまま走って行ってしまった。



「子供たちがすみません。子供の言うことですので気にしないでください。王様はお忙しいでしょうし」



 おそらく今の子供の母親だろう。


 輝は首を横に振った。



「破っていい約束なんてないよ」



 それが約束というものだ。


 その後も二人は裏区画を練り歩いた。景観はほとんど変わらない。行く先々で声をかけられては住民との交流を図った。暗い表情を浮かべている者はおらず、自分の行いが決して無意味ではなかったことを実感することができた。



「あれは……」



 見覚えのある教会。屋根の一部が吹き飛んでしまっているが、一度アルフェリカと訪れた場所だ。


 『オフィール』の腐敗に気づくキッカケになった場所。


 レイがいた場所。レイの子供がいた場所。


 遊んでいる子供たちの姿はない。アレックスたち孤児がどうしているか気になった。


 しかし今は立ち寄らない方がいいだろう。



「黒神さん」



 教会を背にしたとき、後ろにいたレイが輝を引き止めた。


 これからレイが何を言うのか、それを察した輝は振り返るのを躊躇う。


 やめておけ。古傷を抉ることになるだけだ。良いことなど何もない。


 声が震えていることが何よりの証拠だ。怖いのだろう。嫌なのだろう。


 それは立ち向かうべきことではない。克服する必要のない恐れだ。向き合ったところでさらに深い傷を負うことになる。思い出したくないことを思い出すだけだ。



「黒神さん」



 再び呼ばれ、輝は振り返るしかなかった。顔は青白く、翡翠の瞳は怯えている。


 半年前のことでも輝には昨日のことのように思い出せる。


 出会ったばかりのレイ=クロークの姿に相違なかった。



「レイがあの教会に関わる必要は、もう……ないだろ」


「ご存知だったんですね」



 知っているとも。あの場所でレイがどんな目に遭ってきたか。



「そうかもしれません。ですが、あの場所が、始まりなんです。なのでどうか――」



 震えながらレイは一歩前に出る。



「決別をさせてください」



 一歩を踏み出した彼女の願いを、輝は断ることができなかった。

 

 

 




 

 

 慈愛を象徴する女神の像。教えを説くステンドグラス。ステンドグラスを透過した陽光が赤青緑と色のついた影を礼拝堂に落としている。撤去できなかった大きな瓦礫が崩壊の痕跡をまざまざと見せつけ、しかし厳かな雰囲気は保たれている。


 その厳かさは人間の信仰心により形作られたモノ。決して神々が創り出したモノではない。


 人間の心は世界を変え得るのだと知る。ただし良くも悪くも。


 女神の像の膝元で祈りを捧げる神父。扉の開閉音で来訪者の存在には気づいているはずだが、祈りを中断することはなかった。


 輝には祈りの行為が理解できない。誰に祈っているのかわからない。天上に神はいない。神は人間の中にいる。


 よしんば存在していたとして果たして人間の祈りを聞き届けてくれるのだろうか。


 そんなことを考えていると、しばらくして祈りを終えた神父が立ち上がった。



「失礼しました。ようこそおいでくださいまし――っ!?」



 参拝者の姿を認めて神父ゾルアの眼球が飛び出さんばかりに見開かれた。



「……レ、イ……?」


「お久しぶりです、ゾルア神父」



 凛とした声が反響した。対してゾルアは顔を白くして後退る。


 その反応はわからなくもない。


 孤児院を存続させるためとはいえ、レイを貴族に売り、傷心してなおゾルアを許そうとした彼女を裏切った。


 事情があったことは認めよう。レイの【魅了】が強力であったことも鑑みよう。


 それでもレイの心を傷つけた事実は覆らない。罪悪感があろうとも、そんなものはレイには関係ない。



「おお、神よ。再び私に贖罪の機会を与えてくださったこと誠に感謝致します」



 己の神に感謝の祈りを捧げ、ゾルアは感極まった様子でこちらに――レイに近づこうとした。



「近づかないでください」



 ハッキリとした拒絶の意志。言霊は不可視の障壁となってゾルアの歩みを阻んだ。


 壁にぶつかったゾルアは尻餅をついて呆然とレイを見上げる。


 そんなことにレイは構わない。



「子供たちは元気ですか?」


「え、ええ……幸いなことに先の惨劇でも、誰一人として欠けていません。今は別室でシスターと読み書きの勉強をしていますよ」


「そうですか。それは良かったです」


「ひ、久しぶりなのです。よければ会っていきませんか? きっとみんな喜ぶと思いますよ」


「子を捨てた私が、今さらどんな顔をして会えと言うのでしょう」



 悲しげな微笑を浮かべるレイにゾルアは喉を詰まらせる。



「辛かったです。痛かったです。怖かったです。泣いて、泣いて、泣いて叫んで、ずっと耐えるしかありませんでした。望まぬ行為を強いられ、無責任に欲望を注がれ、日を追うごとに重くなっていく身体が怖くて仕方がありませんでした」



 そっとレイは下腹部をさする。その時の恐怖を思い出しながら。



「それでも頑張ろうと思ったんです。みんなの居場所が守られるなら私が我慢すればいいと。みんなのためになるなら頑張って耐えようって。神父様が謝ってくれた時、私は少しだけ救われた気がしました。神父様も苦しんでいる。みんなの居場所を守るために私を犠牲にしたことに苦しんでいる。だから私はあのとき神父様の謝罪を受け入れようと思ったんです」



 レイの独白はゾルアの胸を抉り取る。それを聞いたゾルアは後悔に顔を歪めた。



「……後悔しなかった日はありません。本当に、本当に申し訳ありませんでした。私が未熟であるばかりに、レイを傷つけてしまった。許すと言ってくれたのに、裏切ってしまった。本当に……本当に申し訳ありません」


「謝罪は不要です」



 床に頭を擦りつけて謝るゾルアにレイは笑いかける。


 昏い微笑み。


 初めて見るレイの表情に全身が総毛立った。



「どんなに謝られたところで私はもう謝罪を受け入れません。今日は決別をするために立ち寄ったのです」


「決、別……?」


「はい」



 スッとレイは手のひらゾルアに向けると【対物障壁】アンチマテリアルシールドの魔法陣が彼の首に展開された。


 姿勢を固定されて立ち上がれなくなったゾルアは目を白黒とさせる。



「レイ!?」



 彼女が何をしようとしているのかはわからない。しかし彼女が浮かべた不吉な微笑が制止の声を出させた。


 レイは耳を貸さない。



「私はもう黒神さん以外の殿方を信用しません。どれだけ美辞麗句を用いたところで、殿方が私にすることはいつも同じなのですから」



 レイが手を捻ると、その角度に合わせて円の魔法陣が僅かに回転した。首が固定されたゾルアの頭も同じ角度だけ捻られる。


 もしこの魔法陣が一回転、いや、半回転でもすればどうなるか。


 その結末を想像した輝とゾルアから血の気が引いていく。



「お恨み申し上げます。私は、私を傷つけた恨みを神父様の命で晴らさせていただきます」



 復讐の宣言にゾルアは絶望に顔を歪めた。どれだけ言葉を尽くしたところでレイに聞き入れる気は微塵としてないことがわかってしまう。



「さようなら」



 永遠の別れを言葉にし、レイはゾルアの首を捩じ切ろうとして――輝に腕を掴まれた。



「……黒神さん。お願いです。どうか止めないでください」


「止めるに決まってるだろ」



 懇願するようなレイの訴えを輝は一蹴する。殺させてくれと、そんな願いをどうして承諾できようか。


 復讐心で殺めることを是とすることはできない。たとえそれが独善的だと非難されようとも認められるわけがないのだ。



「お前が神父を許せないと思う気持ちはわかった。だけど駄目だ。復讐のために法を犯すことは、たとえレイであっても認められない」


「……お願いです。止めないでください」


「駄目だ」


「お願い、します……」


「駄目だ」



 目を逸らして懇願するレイは輝を見ようとしない。



「ここの子供たちを路頭に迷わせたいのか?」


「そ、れは……」



 孤児院の運営資金を調達しているのはゾルアだ。彼がいなくなれば運営は立ち行かなくなるだろう。そうなれば子供たちはどうなるか。他の施設に引き取ってもらえればいいが、そうでなかった場合は身寄りをなくしてしまう。



「そんなの、卑怯です……」



 弱々しく呟くとレイの身体から力が抜け、魔法陣が霧散してゾルアは解放された。



「克服したわけじゃなかったんだな」


「できるわけ、ないじゃないですか」



 絞り出されたレイの声は震えていた。



「自分の身は自分で守れるようになりました。でも怖いんです。またいつかあの日々に戻ってしまうのではないかと。怖くて仕方がないんです。一度私に【魅了】された人が、また私に同じことをしないわけがありません。私が私を守れなかったとき、きっとまた同じ痛みと苦しみを味わうことになります。そんなのはもう嫌なんです。そうなるくらいなら――」



 自分を脅かす者を排除すればいいと考える。そうすればもう同じ者に脅かされることはなくなる。他の者にも、彼女を脅かそうとすれば無事では済まないと認識させられる。抑止力になる。


 涙を湛えた翡翠の瞳がそう訴えていた。


 心につけられた傷は決して消えない。他者の目には癒えているように映ったとしても、当人の中では古傷として残っている。


 そしてふとした拍子に痛み出す。痛みに苦しむ。その時の恐怖を思い出しては怯えるのだ。


 レイのために自分に何ができるだろうか。


 考えた末、輝は結局こう口にすることしかできなかった。



「俺がレイを守る。だからレイは手を汚すな」


「本当、ですか……?」


「ああ」


「本当に、守ってくださいますか?」


「もちろんだ」



 それでも白い少女にとって、その約束は紛れもなく救いとなった。



「俺を頼れ。俺が守ってやる」



 はらはらと雫が溢れ、頰を伝って床に落ちる。止めどなく零れるそれを手で必死に拭いながら泣きじゃくる。


 彼女が泣き止むまで、輝はずっと彼女の傍にいた。

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