血塗れ王の憂慮④
「こんの大馬鹿野郎がっ!」
王の間にティアノラの怒鳴り声が反響した。王座に座る輝の胸倉を掴み上げて堪えきれない怒りをぶつける。
王に対する態度としては罰せられてもおかしくはない行為だが、その場にいたアルフェリカとレイ、輝本人も彼女を咎めることはしなかった。
「あんた、自分が何をしたのかわかってんのかい!?」
視線で殺せそうなほど血走ったティアノラの目を受け止めながら輝は平然と答えた。
「見せしめだ」
「そうだ! あんなものはただの見せしめだ! あんたに逆らえば、あんたの決めたルールに従わなければ同じように殺すという脅しだ! 恐怖で人を抑えつける暴君のやり方だ!」
「それでクーデターを企てる者。神の力で住民を傷つける者。それらを抑止するためには必要なことだ」
「それでも他にやりようはあっただろう!」
「我欲を優先させるような奴らに構っている余裕は今の『ファブロス・エウケー』にはない。そいつらはこの国にとって不穏分子だ。今回の見せしめで自制できないようなら、その時は粛清を行う」
都市の復興。内政の安定化。惨劇による他国との関係悪化への対応。交易を閉鎖されたことによる食料と物資の不足。潜在的な敵性神を内包する転生体の対策。それ以外にも多数。
やらなければならないことはいくらでもある。
「……自分の邪魔になる者はすべて殺すつもりかい?」
「それじゃただの
「恐怖政治を行うつもりはないんだね?」
「ない。見せしめになったのはもともと死罪になる罪を犯した者たちだ。公開したのはさっき言った通り、犯罪を抑止するため。住民を苦しめる暴君に成り下がるつもりはない」
「信用していいのかい?」
「信用しろ」
無慈悲な振る舞いを見せた王を信用できないという気持ちはわかる。
それでも輝はそう命じた。
「博士……」
「レイ、あんたはどう思っているんだい?」
「……致し方ないことかと。少なくとも黒神さんが目指しているものは決して悪いものではありません。先王の統治よりも住民が住みやすい都市に必ず変わると信じています。微力ながら私はそのお手伝いが出来ればいいと思っています」
「その結果、多くの命が失われることになってもかい?」
「はい。失われる命は全て力無き人を虐げようとする者の命です。それよりも多くの人々が救われると私は信じています。かつて虐げられてきた者の身として」
「……そうか」
レイが紡いだ言葉にティアノラは悲しげに微笑んだ。輝から手を離し、睨みつけるように蒼眼を覗き込む。
「いつかあんたは報いを受けるさね」
「……覚悟の上だ」
「そうかい」
そのやりとりを最後にティアノラは輝に背を向けた。王の間を去っていくその背中を輝たちは無言で見送ることしかできない。
扉が閉まり、ティアノラの姿が見えなくなると輝は王座に座り直した。
額を押さえながら深いため息をつくとアルフェリカが心配そうに顔を覗き込んできた。透明な視線が注がれている。
「輝、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。ありがとう、アルフェリカ」
そう答えるとアルフェリカは不満げに頬を膨らませた。「うそつき」と小さな声で罵られる。
そんな声を聞こえないフリしつつ、輝は実務的な話題に切り替えた。
「敵性神の対策だけど
「まさか『神葬霊具』で神だけを殺せないか試していたの?」
「同時に神の力も消し去れないかって思ったんだ。敵性神の対策はなんにせよ必要だし、神の力もなくなればただの人間だ。罪を犯しても更正する機会を与えることができる」
エクセキュアが死んだことでアルフェリカの持つ〝断罪の女神〟の力は弱まっている。ならばなくすこともできるのではないかと考えた。
ある種の人体実験だ。アルフェリカが嫌悪感を示すのもわかる。
「いくら宿主が善良でも敵性神が宿っていたら、いつかは宿主ごと殺さなきゃいけなくなる。だが神だけ殺すことができる『神葬霊具』は希望になる」
だが現実はそう甘くなかった。転生体は即死した。
そもそも
『神葬霊具』を使いこなす以前に自分の力すらも満足に使いこなせていない。
本当にこの身は殺すことができないのだと思い知らされる。
「
「試したことはないけど話を聞く限りじゃ同じ結果になりそうね。そもそもこれって本当に『神葬霊具』なの?」
「俺がアルフィーに創ったものだ。間違いない」
「初めて聞いたわ、それ」
「エクセキュアから聞いてなかったのか」
てっきり知っているものだと思っていた。エクセキュアは教えなかったのか。
「じゃあ〝断罪の女神〟の『神装宝具』ってなんなの?」
「その眼だよ。嘘を看破して罪を知覚する魔眼。『神装宝具』の名は
「これ、『神装宝具』だったのね……」
どうやらそれも知らなかったらしい。普通は生きているうちに自然と知ることになると思うのだが。
「なんにせよ『神葬霊具』の検証は必要なんだろうな。技量の問題か、何か条件があるのか」
その検証には試行回数の数だけ転生体の命が必要になる。死罪を言い渡した犯罪者を対象にしたとしても、命を使った実験に等しい行いは冗談でも笑えない。
転生体を救える可能性が大いにあるとはいえ、気が重い話だ。
「アルフェリカさんは神のみを殺害することに成功しているんですよね?」
「ええ」
レイに尋ねられてアルフェリカは足を出して右内腿にある神名の核を晒す。
幾何学的な紋様の上には鋭い裂傷の痕が刻まれていた。
「アルフェリカの回復力でも傷跡は消えないんだな」
「そうみたい。それに〝断罪の女神〟の力も減衰してるわ。でもこの程度で将来が見えるならみんな安いと思うんじゃない?」
実現できれば、の話であるが。
「あの、アルフェリカさん。そのような場所に核があるなら、その……あまり人目に触れさせないようにした方が良いかと……」
頬を朱に染めながらレイは躊躇いがちに忠告した。
確かに長い生足を惜しげもなく晒け出すアルフェリカの姿はあまりに際どい。
言われて自覚したのか、アルフェリカは輝の視線を遮るように後ろを向いて足を隠す。
「……輝のえっち」
「見せたのお前だろ」
「こういうときは目を逸らすとかするものなの。デリカシーないんだから」
「はいはい、次から気をつけるよ」
言いながら輝は無意識に痛むはずのない顎をさすった。
「えっと……話を戻しますけどアルフェリカさんはどうやって神だけを殺害することに成功したのでしょうか?」
「ああ、それはね……」
ちらっとアルフェリカが横目で話してもいいのか尋ねてくる。
彼女の意図はよくわからなかったが、話されて困ることなどなかったので首を縦に動かして承諾した。
「『アルカディア』にいたとき輝が創った『神葬霊具』で〝戦女神〟に斬られたの。それであたしの中にいた
「ではその〝戦女神〟に頼めばよいのではないですか? もしくは敵性神を宿す転生体を『アルカディア』へ転居させるという方法もあると思いますが」
「それは、そうなんだけど……」
言いにくそうに口をモゴモゴとさせるアルフェリカ。
「悪い案じゃないな。向こうが受けてくれるかわからないが打診くらいはしてみよう」
輝は躊躇いなくレイの提案を受け入れた。
「……いいの? 『アルカディア』には――」
「『アルカディア』には転生体保護機関の『ティル・ナ・ノーグ』がある。俺たちと似た目的を掲げているんだから相談して悪いことはないだろう。『アルカディア』と協力していけるならそれはそれで良い話だ」
もっとも、こちらは『アルカディア事件』を引き起こした張本人。この依頼はあまりにも虫がよすぎる。心証は悪いだろう。
それでも転生体として生まれた者を絶望から救える可能性があるなら試さない手はない。
「輝がそう言うなら良いけど……」
自分たちの頼みを受け入れてもらえることを心配しているのか、アルフェリカはなんとも歯切れが悪かった。
気にはなる。だが輝は行動することを優先させた。
「誰かいるか!」
「こちらに。何か御用でしょうか、陛下」
輝が声を張ると臣下の一人が王の間に参上した。呼ばれ慣れない呼び名の違和感をおくびにも出さず、恭しく頭を垂れる臣下に輝は命じる。
「『アルカディア』の『ティル・ナ・ノーグ』にコンタクトを取ってくれ。転生体の保護のことで要請したいことがある」
「承知いたしました。それでは使いの者をすぐに手配致します。王には一筆したためて頂きたいと存じますが」
技術が発展しているご時世に手紙とは。なんとも前時代的な手段だがしかたない。
「わかっている。本日中に書簡を用意するから明日一番で出立してもらいたい」
「御意に」
短いやり取りを終えると臣下は退室した。
前の統治では技術発展に投資してこなかったためこの都市の技術力はあまりに低い。遠方とやり取りする通信装置を製造する技術すらないのだ。
技術力の低さはそのまま国力の低さにつながる。この世界で生き残るためには技術力の向上は必須だというのに、その予算は全く組まれていなかった。
本当に『オフィール』の在り方は度し難い。早急に予算を組むよう臣下に命じておかなければ。
「レイ、書簡を書くから準備しておいてもらえるか?」
「はい」
「アルフェリカはもう休んでくれ。ここのところ負担を掛けてたからな。ゆっくり休んで英気を養ってほしい」
「気にしなくていいのに。あたしは輝の力になれるならなんだってするわよ」
「だけど疲れは溜まるだろ? アルフェリカは十分に力になってくれてるよ。いつも助かってる。今後も頼りにしてるから、いまは休んで疲れをとってくれ」
労いの言葉にアルフェリカの頬が緩み、喜色を隠そうとして自分の髪を指先でくるくると弄った。
「そ、そう言われちゃったら仕方ないわよね。じゃあ今日は休むことにするわ。でも何かあったらすぐに呼んでよね」
「そのときは頼むよ」
「うん任せてっ。じゃあレイ、あとはお願いね」
「お疲れ様でした。お任せくださいアルフェリカさん」
立ち去りながら手を振るアルフェリカにレイは丁寧にお辞儀した。
互いに良好な関係を築けているようで何よりだ。
二人だけとなるとただでさえ広い王の間はさらに広く感じられる。閑散としてもの寂しい。
「黒神さんは、アルフェリカさんに優しいですね」
「なんだよいきなり」
「先ほどのやり取りを見ていてそう思っただけです」
ふいっと顔を横に向けてしまう。何か不満があるらしい。
思いがけず眦が下がる。あんなにも異性を恐れていた少女がこうも自然に己の意思を伝えられるようになったとは喜ばしい限りだ。
「倒れたときの看病。食事や休息などの健康管理。臣下や部下たちの取り纏めと橋渡しに俺のスケジュール管理」
輝の呟きにレイがぴくりと反応を見せた。
「俺がこうして何とかやっていけているのはレイが細かいところまで気を配ってくれているからだよ。レイがいなかったらまた無理して倒れていたかもな」
そわそわとレイの身体が揺れている。
「だからありがとう。面倒をかけるけど頼らせてくれ」
くるりと振り返るとレイは嬉しそうに顔を綻ばせて。
「はい、もちろんです。貴方に受けた恩、貴方を支えることで返していくつもりです」
「けっこう何度も言ってるけど、俺はそんな大層なことはしてないぞ。それは全部レイが勇気を出して前に踏み出した結果だ」
「それでも、そのきっかけを作ってくれたのは黒神さんですよ?」
これは何を言っても無駄だろう。恩を着せたつもりはないが、恩を感じているのは当人たちの心。どうこう出来るはずもないし、出来たところでおこがましいというものだ。
「けど、まあ――」
支えてくれる者が傍にいるというのは、本当にありがたいことだ。
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