第6話 簒奪の御業


 演習場、主に特攻課で格闘技の訓練をする施設に案内された。二人はその規模に驚く。


「随分広いんだな」

「うちの二十倍くらいありますぅ」

「いや二十は言い過ぎだろ、せめて十……ってんな事どうでもいい。こんなところで何やろうってんだ?」

「特訓よ!」


 ベルナデットが得意気に言った。アベルが呆れている。ブレーズも釣られて呆れてみる。セシルは戸惑った様子で。


「あの……痛いのとかは無しで……」

「あのね、そんな生半可な技じゃないの、ちょっとくらい我慢しなさい」

「ふええ」

「……(あのサイコキラーが怯えている)頑張れー」

「なんですか、その含みのある頑張れは」

「まあ、そんな怖がる事は無いよ。要はさっきやった事の応用だ。ってベルナデットの受け売りだけど」


 セシルは先ほどの平原と猫をイメージする。アレの応用? いまいち実感が持てない。つまりはどういう事だろう。


「全神経を獣性に集中させなさい。そして自分の中に信仰を生み出すの。自身の獣性にね」

「じ、自身の獣性に信仰?」

人外獣理ラ・ベートどもは七人の獣王って概念に信仰を捧げて力を得てる。でも私達はそんなの祈りを捧げたりしない。信じるのは自分自身。だから簒奪さんだつ。分かる?」

「分かるような、分からないような……」

「いいわ見せてあげる。私の人外獣理第零番ラ・ベート・ゼロ。天より放て――王位を簒奪するその御業の真名は! 巨人ノ一撃ガルガンチュア!」


 跳び上がって地面に放たれたその一撃は、演習場の床を穿った。クレーターが生まれる。驚くべき威力だ。確かにこれならば。とブレーズは思った。一方、セシルは腰を抜かしていた。


「ふええ、こんなの無理ですってぇ」

「いいからやるのよ! 同調開始! 炉心ろしん開放!」

「いやぁ! 手を握って無理矢理なんかするのはやめて下さい!?」


 再びの平原、白猫はいない。どこへ行ってしまったのだろう。


「お、おーい猫ちゃーん?」


 ひょこっと顔を出す白猫、それに手を伸ばすセシル。触れる。流れ出る獣の記憶。これをコントロールして祈って信仰する。七人の獣王なんて概念じゃなくて。己自身という神話に。セシルの天賦てんぷの才がそれを引き出した。


「……行けます先輩」

「言っちゃなんだけど早くね?」

「行けるったら行けます」

「そ、そう」

人外獣理第零番ラ・ベート・ゼロ。地を喰らえ――王位を簒奪するその御業の真名は! 巨人ノ大口パンタグリュエル!」


 地面から力の奔流が噴き出した。それは地面を飲み込み大穴を開けた。もうこの演習場は使い物にならないだろう。

 

「はぁはぁ……やった、出来た……!」

「ふーん……あんた信仰の対象を変えたわね?」

「ぎくっ」

「自分に祈ったんじゃないのか?」

「……先輩に祈りました」

「はぁ!?」


 もはや蚊帳の外のアベルは苦笑いしながら。口出しをする。


「他者への信仰は危険だぞ。その者を失った時に、力がもう使えなくなる」

「私が先輩を失うなんてあり得ません」

「言い切るじゃない。気に入ったわ! 弟子一号に認定してあげる!」

「ええ、嬉しくない」

「なにおう」


 うりうりされるセシルと、うりうりするベルナデット。微笑ましい光景を眺めるブレーズとアベル。ふと、ブレーズがアベルに問いかける。


「俺達が狙ってるのは第二番だ。勝てると思うか?」

「良ければ手伝おうか?」

「いんや、それには及ばない。あんたらはあんたらで忙しそうだしな」

「そうか」


 会話はそれだけで終わった。四人はそのまま解散する事になった。最後にアベルが。


「きっと勝てるよ、応援してる」

「ありがとよ、出来れば受付のお姉さんに言われたかったね」

「あはは、むさい男で悪かったな」

「セシル! せいぜいアンタの大事なもんを守りなさい!」

「ありがとう! ベルナデットちゃん!」

「師匠と呼べー!」


 こうして四人は別れた。そして。夜が訪れる。

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