第5話 アベルとベルナデット


 ジェヴォーダン対ルーガルー特攻課第一支部。そこが、ブレーズとセシルの案内された場所だった。


「課長、なんのつもりで……」

「うう、視線が……」


 目深まぶかにフードを被ったセシルが恥ずかしそうにしている。辺りの怪訝な視線を気にしている。ブレーズはそれをそっとカバーしながら特攻課受付へと向かう。受付には綺麗な女性が佇んでいた。


「えっと見ての通り同僚のもんだがアベルとベルナデットってやつらを知ってるか?」

「ああ、アベルさんと……ベルナデット……ね。今なら、丁度、休憩時間じゃない? 働き詰めの二人だしね」

「そうか休憩室にいるんだな? ありがとう。今度、お茶でもどう?」

「せんぱい」

「ひぇ、なんでもないでーす」


 休憩室は二階だった。関係者以外立ち入り禁止。勿論、二人は関係者だ。素で通れる。特に怪しまれる事なく、休憩室の内部まで、入り込む、そこは広めのリラクゼーションルームであり、様々な健康器具やら、モニターやら娯楽やらが置いてあった。


「えーと、アベルとベルナデットはいるかー?」

「先輩、せめてさん付けを」

「なぁに私達に何か用? ってなんかわね」

「あん? なんだこの生意気な小娘は」

「おっと悪い、こういう性格なんだ」


 現れたのはセシルより年下に見える少女とブレーズと同い年くらいの青年だった。


「あんたらがアベルナデット?」

「「混ぜるな!」」

「おっと息ピッタリ。んで早速要件なんだが」

「きゃあ!?」


 セシルのフードを引っぺがすブレーズ。そこに現れたのは半獣の姿。それを見た二人は――


「驚いたな、半獣か」

「アハハハハ! 見てアベル! ジャポネーゼネコムスメよ!」

「そういうお前もだろうが」

「……半狼はんろう?」


 ベルナデットと呼ばれる少女は少女にしか見えなかった。彼女が半狼? どういう事だとブレーズは頭を悩ませる。しかし悩む事は無いという風にアベルが手を差し出した。ベルナデットに。


「ベルナデット、許可する」

「ん」


 その手を取るベルナデット、すると、少女の腕は狼のそれとなり、鋭い爪を生やした。狼の耳も頭から生えている。犬歯もより尖って見えた。


「どうかっこいいでしょ?」

「ジャポネーゼ間違った赤ずきん」

「なにおう」

「まあまあ落ち着けベルナデット、えっとアンタ名前は?」

「そういや自己紹介がまだだったな、俺はブレーズ、ナイスガイ。んでこっちのイカしたジャポネーゼネコムスメがセシル」

「先輩、怒りますよ」


 苦笑いを浮かべるブレーズ。セシルは目の前のベルナデットを威嚇している。アベルはアハハと笑いながら。


「えっとブレーズ、俺らになんの用だ?」

「やっぱりダミアン課長から話は通ってないか……すまんが半獣になったやつの対処療法ってのを聞きに来た。あんたらなら分かるって聞いて」

「……なるほど、分かった。と言っても教えるのはベルナデットだけど」

「えー」

「ベルナデット」

「……分かったわよ」


 セシルに手を差し出して来るベルナデット。セシルはそれをおずおずと握る。


「同調開始……」

「へっ? えっ? なに?」

「落ち着いて、大丈夫だから」

「圧力調整、炉心ろしん発見――今よ! アンタの中の獣性に心を傾けなさい! そして、それを制御するの!」

「ふぇ!? いきなり何を――ってこれ、は」


 その時、セシルが見たのは遺伝子の歴史だった。胚が大人に至るまでの過程、生命の神秘。そこに獣の記憶が混ざる。


(これが、獣性?)


 泡のように膨らむそれに触れる。すると途端に割れて内部の獣の記憶が膨張する。


(きゃあ!?)


 まるで暴風、しかし、それを制御しなければならないのだという。獣の記憶。その核に迫る。それは一匹の猫だった。平原に居る真っ白な猫。外敵などいないかのようにのんびりと寝過ごしている。その猫を優しく撫でる。すると。にゃあと鳴き声を上げて猫は去って行った。ただ、それだけだった。それだけで平原にはセシル一人になった。そして意識は現実世界へと連れ戻される。


「はっ!? 私、何を……? って、手が元に戻ってる!」

「戻ったわけじゃない。ただ単に化けただけ。ルーガルーの力の目覚めよ。ようこそ、こちら側へ、お嬢さん?」


 そこでアベルに頭を小突かれるベルナデット。


「痛いわね、何するのよ」

「脅すな、そんでお前のが年下だろうが」

「むー」

「仲のいいこって」

「先輩! 先輩! 見て下さい!」

「わーったよ」


 それより、ブレーズには気掛かりな事があった。


「ルーガルーの力って、獣化が進んだって意味じゃないよな?」

「ああ、その心配はない。ただ力をコントロール出来るようになっただけだ。もし復讐を誓うなら簒奪さんだつ御業みわざも覚えていくか?」

「えーっ!? アレは私が一年かけてやっと編み出した秘技なのに!」

簒奪さんだつ……なぁ、もしかしてだけど、あんたら、か?」


 第一番殺し、人外獣理第一番ラ・ベート・アン、速さを求める獣、ルーガルーの王位の一角。それを殺したバディが第一支部には存在するという噂は聞いていた。それが彼らだというのだろうか? ブレーズは値踏みするように二人を眺める。胸を張るベルナデットと罰が悪そうにするアベル。どうにも正解らしい。

 

「その簒奪さんだつ御業みわざってのがあれば、人外獣理ラ・ベートを殺せるのか?」

「ああ、一撃喰らわせられるのは確かだ。だけどそれをやるのは――」

「セシル、あんたよ」


 ベルナデットがセシルを指さした。セシルは目を白黒させて。


「ほえ?」


 と言って首を傾げた。

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