第4話 夜な夜な


 真っ暗な夜。

 逃げる足音。

 たったったっ。

 石畳を駆ける。

 おそらく、ハイヒール。


「いやだっ いやだっ 誰か助けて……!」

『逃げる事は許されない』


 重々しい足音。

 どすんどすん。

 石畳を砕く。

 おそらく、ルーガルー。


「どうして、どうして私なの、私なにも悪い事してない。助けて助けてよぉ!」

『死とは決定事項なのだ』


 終わりが迫る。

 。女性の目の前に立つ。

 路地裏、行き止まり、追い詰められた。もう逃げられない。


「助けて、お願い、助けてぇ……」

『死がお前の救いとなるだろう。人外獣理第二番ラ・ベート・ドゥ――』


 肉の潰れる音が響き渡った。



 ジェヴォーダン対ルーガルー特攻課第二支部。眠りこけるブレーズ。セシルはせっせと書類整理をしていた。


「仕事の時間だオラァ!」


 ダミアンが扉を蹴り飛ばして入って来た。


「課長、だから言ってるじゃないですか、扉は普通に開けて下さいって……」

「馬鹿め後輩、何度言っても無駄だ。ソースは俺」

「嫌なソースだなぁ……」

「諸君、昨日もルーガルーによる被害が出た。場所は第三再開発地区」


 そこでブレーズが首を傾げた。


「再開発地区ぅ? そんなとこに人が? 工事の人とかですか?」

「いや、再開発地区外に住む女性だ。ただしが」

「……なんすかその胸糞悪い話」

「先輩……」

「そこでだ! 今回支給される新型対ルーガルー特攻兵装を装備して、再開発地区の調査にあたってもらいたい!」

「いいっすよ」

「先輩が二つ返事!?」


 驚きにセシルが目を見開く。口も大きく開けていたが、そこは手で隠す。乙女の嗜み。

 二人は早速、ダミアンが持って来た新型兵装に袖を通す。それはもはや軍服だった。形態する銃も特製のサブマシンガンだ。セシルが装備するのは――


「うわすごい! 高周波ブレードですよ先輩!」

「んな物騒なもん今起動させるな!!」

「うむ、心配いらなそうだな。作戦決行は今夜零時。頼んだぞ」

ブレーズとセシル「「了解」」


 二人は声を揃えて返事をした。



 時は流れ深夜零時。再開発地区へと乗り込んだ二人。そこは圧倒的な闇だった。こんな場所で襲われたらひとたまりもない。暗視ゴーグルを装着する。完全武装だ。

 

「クリア」

「こっちもクリアです先輩」

「クリアだけでいいっつの」


 その時、足音が聞こえた。たったったっ。


「人……?」

「追いかけるぞ」


 足音は響く、石畳を駆ける。その後に続く、不気味な重々しい足音。暗闇を暗視ゴーグルで見つめる。

 そこに居たのは女性と――


「三メートル越えの巨躯を確認!」

「こっちでも確認してる……ちっ、人外獣理ラ・ベートのお出ましかよ」

「新武装の試し時ですね!」

「奴の張るテクスチャには注意しろよ」

「世界を侵食する呪い、でしたっけ」

「内容なんてどうでもいい。ただ注意しとけ」


 サブマシンガンにカスタムを加え長距離狙撃銃に組み替える。これぞマルチウェポン。特攻課開発部門政策の新兵装だ。


「心臓さえ撃ち抜きゃ死ぬだろ……っと」


 サイレンサーで無音に近い状態で発射された特攻弾丸が、巨躯にヒットする。しかし――


『来たか――』

「ちぃ! 開発部門の奴ら手抜きやがって!」

「先輩マズくないですか!?」

「分かってる! お前だけでも逃げろ!」

「先輩!? 何言ってるんですか! 好きな人置いて逃げられるわけないです!」

「一言余計なんだよお前……!」


 巨躯がターゲットをこちらへ変える。


『待ちかねたぞ好敵手こうてきしゅ

「バトルジャンキー系かよ……! そういうのはお断りだっての……!」

「先輩、援護お願いします」

「おい、ちょっと待て――」


 高周波ブレードを構えて、セシルは駆ける。その巨躯を斬り付ける。しかし。


勇敢ゆうかんなる者よ、そなたのような者こそ、我が眷属けんぞくに相応しい――』

「下がれ! サブマシンガンに切り替えた! 全弾発射するから全力でかわせ!!」

「了解!」


 しかし、その巨腕きょわんにセシルが捕まってしまう。ブレーズの引き金を撃つ手が止まる。それが間違いだった。


『我が呪い、受け入れよ』

「ああっ!?」

「セシルーッ!」


 人外獣理ラ・ベートの腕から解き放たれたセシルは、姿


「見ないで……見ないでください……」

『半獣か……ハズレとは悲しい事だ……ここで終わらせてやろう……』


 セシルと人外獣理ラ・ベートの間にブレーズが割って入った。その手に構えているのは――


「――特攻課特製グレネードだ。喰らいやがれ化け物」


 爆発。連鎖して巨躯を吹き飛ばす。その間にセシルを抱えて逃げるブレーズ。巨躯は追っては来なかった。



 特攻課特設病院の病室。猫耳尻尾、手足に長い爪が生え、もふもふ、もとい毛深くなったセシルの姿があった。猫ひげも忘れずに。


「見ないでくださいぃぃ……」

「あー……なんだ、俺は可愛いと思うよ」

「慰めになってません。私、ルーガルーになっちゃったんですよ?」

「なってねーんじゃね? あいつもハズレとか言ってたし」

「先輩、怒りますよ」

「怒れるくらい元気なんだな」


 そこに。


『オラァ!』

看護師『スライドドアを蹴るのはお止めください!?』

「ダミアン課長だ」

「みんなして……」


 がらがらとスライドドアを開くダミアン。どこかしょんぼりしている。


「いや無念だったな。まさかセシルちゃんが呪われるとは」

「これ、治るんです?」

「今の所、対処療法しかない。根本的治療は無理だ」

「対処療法って?」

「二人共、ちょっと付いて来い」


 そうしてダミアンに連れられ、二人はとある人物たちに出会う事になる。

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