第7話

「二宮さん、目が赤いよ。」夏野さんが言った。

「目にごみが入ったかもしれません。洗ってきます。」

 鉄製の梯子で地上に降り立つと、すぐ近くにあったスパナを手に取った。

 ああ、むかむかする。殺してやる。

 ころしてやる、ころしてやる、ころしてやる……

 私は……おんあおおおあいああおんあおおおあいああおんあおおおあいああおんあおおおあいああおんあおおおあいああ……

 二度目の殺人を犯した。今度は、感じていたものは、苛立ちのみであった。


 私は走る。グライダーでジャンプし、山中を飛び回るためだけの建物、いや、足場?これは人間の羽だ。依頼主は気が早いらしく、まだ建設途中なのにすでにグライダーだけ運び込れてあった。私はそれに乗り込む。これでいい。これで私は苛立ちから逃げられる。

 飛び回るのではなく、私は一直線に飛んだ。赤く染まった視界には、里の家々が見える。次の山を越えれば集落がある。また山を越え、そしてまた山を越え、いくつもの壁を乗り越えた先に、生まれ育った音羽集落がある。あそこに行けば、将人がいる。私にはわかる。

 いったん地上に足をつけると、それを蹴った。体中に力がみなぎる。私はなんでもできる。将人を殺すことさえできる。

 私のことを見捨てたから。私は音羽で生まれ育ったから。将人の幼馴染だから。

 おんあおおおあいああおんあおおおあいああおんあおおおあいああおんあおおおあいああおんあおおおあいああ……


 なんだ、あれは。エンジン音がしないのに飛行機が飛んでいる。

 ああ、あれはグライダーか。なぜこんなところに?俺は疑問に思う。

 人間に操作された巨大な鳥は、こちらに向かってきていた。俺はまるでB25に襲われた昭和時代の市民のような心持ちがした。

 俺は逃げる。あのグライダーに襲われてはならない。確実に殺される。銃撃される。恐ろしい、ああ恐ろしい。

 杉の並木の中を走り回る。子供時代の遊び場。


集落の子供は、公園などなく、また郵便物の配達もたまにしかないため、いつも山で遊んでいる。かつての俺も例外ではなかった。

 例えば鬼ごっこをしていたとする。鬼も逃げも関係なく、山の中を走ることになる。すると、自然と足腰が鍛わる。

 例えば、かくれんぼをしていたとする。鬼は山を歩き回って探すことになるし、隠れる側も山中を歩くことに変わりはない。

 俺はあのころを思い出した。俺と、俺の同級生と、祐実と、祐実の友達。この四つの中で一番人数が多かったのは、祐実の友達だ。あいつは快活で、あいつの周りはいつも賑やかだった。

 俺の目が熱くなる。よく考えてみたら、あれから逃げる意味なんてない。俺の頭がおかしかっただけ。いよいよ、洗礼を受けた俺は、この集落の伝統に染まってしまったのだろうか。

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