第6話

水をかけ終わると、今度は真っ黒い物体が皿に載せられて出てきた。

「神よ、人間を救いたまえ。魂の身を食べた一宮将人を、救い、そして人間を救いたまえ。」

 恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。

 こんなの、狂ってる。

 謎の物体を食べさせて、何が人間を救うだ。ただの伝説ごときに振り回されるこの集落の住人達は、全員バカだ。俺は神への使いになどなりたくない。

「俺は、断る」

「将人、なんと言った⁉」

「俺は使者になどならない。無意味だよ。祐実を警察に出頭させるべきだ。」

「将来の巫女を警察になんて、ああ、あり得ない。」

「逮捕されるよりは自首した方が罪は軽くなる、そんなの当たり前だ。」

 母がこんなにもバカに見えたのは、これが人生初めてだ。俺は珍しいタイプで、反抗期らしい反抗期がなかった。母とは、ずっと友好な関係を築いてきたはずだった。それなのに、母を貶さなければならない日が来てしまった。このクソ田舎が嫌いでも、いつも俺の味方でいてくれた母を嫌いにはなりたくなかった。

 俺は走り出した。平屋建ての家の廊下を走り抜けると、建物の外に飛び出す。

 千夏に電話を掛けた。

 セックスしよう、と誘おうとした。


 今度の職場は、建設会社。事務員として雇ってもらえた。本当にありがたいと思う。前のうどん屋兼居酒屋では、トラブル起こしちゃったから。首になったら、もう食べていけない。

 ただし、体力がない私にはキツかった。

 時々、手伝いをさせられる。事務の仕事もあるのに、なぜか現場に駆り出される。倒産寸前で屈強な男性たちを雇う金がないらしい、ということは、働き始めてすぐ察しがついた。社長はあほだ。私のような事務員を雇う金があったら自分でやればいい。そうすれば私の給料の分だけ作業員を雇える。アホに会社経営など無謀だと、勉強させてもらえた。ラッキー、ラッキー。面白い。

 組みあがった足場の上にいる作業員、一人は佐藤さんで、もう一人は夏野さん。二人だけではバケツリレーのように道具を渡すことが出来ないので、私は二人の間に入ることになった。めんどくさい。こんな狭くて金属臭いところに、ただ立っていなきゃいけないなんて。面倒以上に拷問だ。

 イライラしてきた。

 なんで私がこんなことやらされなきゃいけないんだよ。女の私が男の仕事を手伝わされるなんてあり得ない。私は東京の大学を受験するはずだった、未来への希望なのに。この私を、こんな風にこき使うなんて、信じられない。

「二宮さん、目が赤いよ。」夏野さんが、下から言った。

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