第4話

「次は、奥多摩、奥多摩」

 車内アナウンスで飛び起きた。

「あれ、ここは……?」

 ああ、そうだ。今のは夢だったんだ。祐実が、また人を殺した。今度はうどん屋の店長を。たったあれだけの不満が元で、店長の頭を製麺機で粉々にしようとした。

 ああ、祐実は変わってしまった。俺がまだ田舎にいた頃は、いや、あいつの伯母が集落に戻ってくるまでは、あいつは優しくて、穏やかで、可愛かった。


「ねえ、将人。いよいよ卒業だね。」

「祐実が中学生?信じられない」

「そういうあんたは高校生じゃん。信じられなぁい。

 てかさ、やっぱり卒業ってさみしいね。これからは会えなくなっちゃう子、たくさんいるもんね。」

「こんなクソ田舎、高校までメンツ変わらないよ。大学入ってやっと、今までとは違う人に逢える。」

「将人はここ嫌いだもんね。すぐにでも東京出たいんでしょ?」

「そうだ。」

 あの頃の祐実は、純粋に物事を見ていた。良い悪いを自分の感情で判断したりはしなかった。良い子、とにかく良い子だった。

 あいつはおばあちゃんが大好きだった。普通の子なら鬱蒼とした森の中の木造住宅なんかに住みたくないと思うけど、私はここが好き。だって、空気が美味しいでしょ。出来立ての空気を味わえる。それに、黒ずんだ壁とか、風流だと思うけどな。いつの頃だったか、祐実はそう言っていた。


 俺は、自分が涙を流していることに気付いた。祐実は変わってしまった。祐実はあれを食べて、殺人鬼になってしまった。

 家を出る時にすべて聞いたんだ。この村に生まれ育った者は皆、必ず知らなければならないことを。なによりもずっと恐ろしい、村のルーツを。

 始めは、全く信じなかった。宮司の、いつもの出任せだと思った。しかし、宮司の話を聞く俺の周りにいた大人たちは、真剣だった。

 あいつを、絶対に助けなければ。

 俺しかいない。二宮祐実を助けられるのは。祐実を殺さずに、祐実に生きていて欲しいから。祐実を、俺は助けるんだ。

 俺は決意した。



「証拠不十分!?なんですか、その対応は!」

「警察としては、ご主人が亡くなった件は、事故として扱うことになりまして。調理場に防犯カメラはないし、目撃者もいない。となると、同じ場にいた、えー、二宮祐実さんですね。彼女を疑うことになるのですが、根拠はない。ご遺族の方々の心中お察ししますが、二宮さんが殺したという結論を出すには、あまりに証拠が少なすぎるので、事故という形に、」

「おかしい、二十年以上、あの台所を使い続けてきた主人が、まさか製麺機で死ぬなんて、ありえない……」

 婦人は涙を流しながら訴えた。

「あの製麺機は、主人が店を興すと決めて初めて買ったものなんです。私たち夫婦の、絆の結晶なんです。その、製麺機で、お前さんが死ぬなんて……」

「ありえないはずのことが起こる。そんな事例は、往々にしてあることですよ。」

 刑事の言葉は、全く慰めになっていなかった。

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