夜盗と黒衣

王生らてぃ

本文

 女は夜盗だった。

 月夜ごとにどこからともなく現れては、旅の商人や、旅人たちに襲いかかり、西国の錬金術で作られたダマスカス鋼のナイフで首を切り裂き、あるいは心臓を一突き。金品や食料を奪い取り、またどこかへと消えていく。

 必ず決まった街道沿いに現れ、彼女の姿を見たものは例外なく殺されるので、悪魔の仕業だとか、悪霊の巣だとか噂されていた。



 女は、誰も寄り付かない古びた陵墓の中に寝ぐらを構えていた。大昔の王だか誰だかが埋葬されているらしいが、当時の王を裏切って散々に暴れ回り、いちおうは王家の親族だからと妹の王女直々に頼まれたので仕方なく葬られているという伝説があるが、女にとっては知りえないことであった。ここは静かで落ち着くから、ここにいるだけだった。



 女はものに興味がなかった。

 宝石や金貨は綺麗だし、食料は生きていくために必要だ。だけど、夜盗として人を襲うのは、ナイフで肉を切り裂く感触が何より好きだからだった。

 筋肉に刃を立てると、ぶちぶちと裂ける音がする。上手く行った時は、するっと筋肉の間に刃が入り込んで、空気みたいにするりと切り裂ける。骨に当たるとごりっと固い感触がして、あまり好きじゃない。腕の内側や太もものような柔らかい場所にナイフを突き刺すと、ずるっ、というような滑る感じがして、それに負けないように刃を振り抜くのが楽しかった。

 女にとって、夜盗は狩りのようなものだった。それそのものが楽しかった。上手くいった日は満足して眠り、上手くいかなかった日は反省して眠る。目を覚ましては夜を待ち、月明かりの元で獲物を求め駆け出す。その繰り返しだった。







 その日は三日月が空に浮かんでいた。空気は澄んでいて、とても明るい。

 女はいつものようにナイフを構え、街道のそばの林に身を隠し、獲物を待った。ところが、誰もが夜盗を警戒していたので、なかなか獲物は現れない。

 女はだんだんいらいらしはじめた。だけど、それを堪えて息を殺して待ち続けた。ほとんど腐っているみたいな干し肉を齧りながら、じっと待った。

 やがて人影が現れた。

 ひとりだ。黒い服に黒いヴェールで、頭の先から足まですっぽりと覆い隠している。傍には立派な馬を一頭連れて、ゆっくりと歩いてくる。

 女はナイフを左手に構え直すと、利き手の右手に細い針のように削った石のかけらを握った。そして、馬が目の前を通り過ぎる瞬間を見計らって、石のかけらを投げつけた。

 石のかけらは馬の目に突き刺さり、痛みに喘ぎ暴れ出す。一瞬、たじろいだように立ち止まった人影に向かって、女は素早く飛びかかった。そしてナイフを素早く右手に持ち替えて、心臓へと思い切り突き立てる。



 ナイフは、筋肉の間に滑り込み、骨をすり抜けて、脈打つ心臓をひと突きにした。どくん、どくどくっと心臓が震えるのがナイフ越しに伝わってくる。これ以上ないほど、完璧な一撃だ。女はこれ以上ないくらい興奮していた。



「ぅ……!」



 黒衣の人影がうめく。

 ヴェールがはらり、と地面に落ちた。



 女は思わず息を呑んだ。

 月の影になっていながらも、はっきりと見えるその顔は、これまで見てきたどんなものよりも美しかったからだ。



 宝石のような青い瞳に、つややかな黒い髪。白い肌は星のように輝いていて、唇は赤く、頬にはうっすらと朱がうかんでいる。

 黒衣の女は、夜盗の女を見た。

 夜盗の女も、黒衣の女を見た。いや、見惚れていた。宝石や金貨より、ずっとずっと、美しくて……白い顔に思わず触れた。あたたかくて、女の感じたことのない、温もりがそこにあった。瞳は流れる水のように揺らめいている。青くて、夜闇の中でも月のように光っているかのようだった。

 きれいだ。

 これがほしい。



 けれどもそれはすぐに失われた。

 黒衣の女は口からごぼ、と血の塊を吐き、その白い顔が赤く汚れた。瞳からは輝きが失われ、澱んでいく。顔は土気色になっていき、ぬくもりはなくなっていく。

 夜盗の女がナイフを引き抜くと同時に、黒衣の女は倒れた。死んだのだ。美しかったはずの宝が、ただの肉の塊になってしまった瞬間だった。

 夜盗の女は、理由もなく悲しくて、声を上げて泣いた。

 目をつぶされて暴れていた馬は、背に乗せた荷物を振り捨ててどこかへと逃げてしまっていた。馬が乗せていたのはありったけの金銀財宝と、青く輝くサファイアの首飾りや髪留め、それから砂糖や塩、パンと肉……

 だけど夜盗の女はそれらに見向きもせず、黒衣の女だけを寝ぐらへ引きずっていった。だけど、持って帰っても、黒衣の女の美しさが戻ることはなかった。数日もすると女は腐っていき、元の美しさは見る影も無くなってしまった。







 やがて街道から夜盗の女は消えた。

 数十年が経ち、数百年が経ち……



 学者たちが、かつての王家の陵墓の発掘調査をしていると、ひとつ奇妙な墓を見つけた。

 副葬品もなく、王家の墓につきものの派手な装飾もない。

 代わりに、古びた金銀財宝が少しと……

 王家の血縁とは思えない、ふたりの女の白骨だけが残されていたという。

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夜盗と黒衣 王生らてぃ @lathi_ikurumi

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