第4幕

 面白いのだと、レンコンと玉ねぎの話がある。何でも、明晰夢を見たのは確かだが、途中から何を見たのか思い出せない日があったんだとか。もやもやした気分ではあるがとりあえず朝食を食べに近くの食堂に行くと、その日の日替わり定食に彼の大好物である玉ねぎの味噌汁が入っていたんだそうだ。彼は玉ねぎには目がなくてね、玉ねぎの味噌汁に玉ねぎのサラダ、玉ねぎの丸焼き、と玉ねぎ料理はあらかた食べ尽くしたんじゃあないかな。一週間玉ねぎを食べ続けた事もあった。まあ、それはともかく、彼は玉ねぎの味噌汁に歓喜した。それこそ悩んでいた夢のことを忘れる程度には。そして彼は日替わり定食を頼み、定食が、いや、味噌汁が来るのを今か今かと待ち構えていた。

 さて、ここで彼についての補足を一つ。彼の好物が玉ねぎ料理なのは言うまでも無いが、嫌いな食べ物について話していなかったな。彼がこの世で最も嫌いな食べ物。それはズバリ、レンコンだ。味から食感、香りまで全てにおいて嫌いと豪語していた。同じ皿に入っているからと牛肉のステーキを残しているのを見たときは衝撃を受けたね。(無論ステーキは私がいただいたが。)彼はレンコンが嫌いだ。憎んでさえいる。それこそ、悪夢のからくりで存在を消し去ろうとする程度には。

 さて、ここまで話せば勘の良い君ならもう気づいているだろう。明晰夢を見た次の日に話を戻そう。彼が今か今かと待ち構えていた玉ねぎの味噌汁に、入っていたんだ。レンコンが。食堂のおばさんが“アレンジ”してみたんだとか。その瞬間、彼は夢の続きを思い出した。玉ねぎが食べたくなり、定食に玉ねぎの味噌汁がつく夢をつくりだした。しかしそれで終われば良いのに彼は欲をかいた。レンコンをこの世から抹消する夢を見ようとしたんだ。しかし、そんなことが簡単に出来るわけがない。試行錯誤している内にレンコンがタマネギの味噌汁に入ってしまった。そのまま修正する間もなく、目が覚めてしまったんだとか。しかし、不幸なことに夢の内容を忘れてしまい、誰かに話す前に食堂に着いてしまったと、そういうわけだ。完全に自業自得だな。彼が悔しそうに玉ねぎの味噌汁に関して語る様は見物だった。悔しくてその後、半月もの間玉ねぎ生活を送ったんだとか。何とも笑える話だ。

 彼の話はどれも面白く、彼との時間はとても楽しかった。


 流れゆく日々の中で、彼と会う時間は私を青春の渦へと巻き戻してくれた。若さに任せ、ただひたすら研究に没頭したあの頃に。

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