プロローグ2

 アレクは一人森の中を走っていた。


 小さな針を並べたような強い雨が絶え間なく顔や腕を叩きつけ、少しずつ体力を奪っていった。


 ブランド王国の王都からアレクの実家まで普通の人は歩いて15日間はかかる距離があり、全力で走っても9日は最低でもかかる。


 1年前に実家に帰宅したとき母はいつも通り元気だったので、父からの手紙内容をまだ理解できておらず頭の中は混乱状態であった。

 ただ父からの「早く帰ってきてくれ」その言葉だけを頼りに、睡眠や休憩を一切とらず全速力で森を走り抜けた。


 王都を出発して3日目にして、実家のある街〖ペスコーラ〗に到着した。〖ペスコーラ〗は街というほど大きくはなく、ギルドは冒険者ギルドと商業ギルドの支部、郵便ギルドの派出所くらいしかなかった。

 街に入るには身分証の提示が必要なため、アイテムボックスから冒険者ギルドカードを取り出し入り口に並んでいると、見知った顔の衛兵が話しかけてきた。


「おぉ~アレクさんじゃないですか。お久しぶりです。どうしたんですかその恰好」


「ん? あぁ、久しぶり。なんかおかしなところでもあるか?」


「服も髪も泥だらけじゃないですか」


「あぁ、ちょっと急いで帰ってきたもんでね。先に中に入れてくれないか?」


「はい。もちろんです。おかえりなさい、〖ペスコーラ〗へ」


 衛兵はそう言うと、特別に優先的に中にいれてくれた。


 アレクは門をくぐり、そのまま実家へ急いで向かった。

 2分ほどで実家の前に着き、


「父さん、俺だ。アレクだ、開けてくれ」


 と扉をノックした。

ゆっくりと玄関の扉は開き、中からアレクの父〖ガルシャ・ネストール〗が出てきた。


「おぉ、アレクか。おかえり」


「ああ、ただいま。手紙見て急いで帰ってきたんだけど、母さんは大丈夫なの?」


 アレクが"母さん"と発したとき、一瞬父の顔が暗く曇ったように見えたが、


「母さんに会いに来てくれたのか。遠いところからありがとう、母さんもきっと喜ぶよ」


 と笑顔で答えてくれた。


「じゃあ母さんのところまで案内するよ、ついてきなさい」


 俺は家の中に入り、父さんのあとをついていった。しかし母さんの部屋とは真逆の方向に進んでいるのに少し疑問を感じた。


(あれっ、こっちは確か庭の方向だったよな...。もしかして庭の手入れでもしてるのかな)


そんなことを考えていると、父さんは予想通り庭へ出たので、アレクも続いて庭に出た。


「相変わらず綺麗だなぁ」


 色とりどりのコスモスがあたり一面を埋め尽くしている、コスモスは母さんが一番好きな花で毎日欠かさず手入れをしていた。

 だがそこに花の手入れをしている母さんの姿は見当たらなかった。


「父さん、母さんはどこにいるんだ?」


 そう尋ねたが、父はなにも答えず無言のまま花道を真っすぐ進み、1つの大きな石碑のような場所で止まった。


(あれ? こんな石碑あったけな......)


 そんなことを考えていると、父はその場にしゃがみ、手を合わせ目を瞑った。

 なにをやっているのだろうかと不思議に思ったアレクは、父に近づき話しかけようと口を開いたが、言葉が発せられることはなかった。


 なんせその石碑には、


 〖サリエル・ネストール〗永遠の眠りへ


 母の名前が刻まれていたからだ。

 アレクは事態が全くの見込めず、ただただその場に立ち尽くすしかなかった。


「母さんは、2週間前に亡くなったんだよ」


 父さんはそう呟き、続けて


「原因不明の病だったんだ。最後まで母さんは笑顔だったよ。」


 アレクは母の最期に立ち会えなかった悔しさを父にぶつけた。


「どうして、どうして、もっと早く連絡をくれなかったんだよ!」


「これでもだいぶ早く手紙送ったんだよ。母さんの病気が発覚してから、すぐ郵便ギルドに手紙を預けたんだから...。でもやっぱり、王都に届くまで1か月ほどかかってしまったみたいだね」


「じゃあどうして、冒険者ギルドで手紙を送らなかったんだよ。郵便ギルドに比べるとだいぶ依頼料高くなるけど、もっと早くに届いたはずだ。それに毎月仕送りもしてるんだから、十分払えるだろう」


「そうだね。冒険者ギルドで送ればもっと早く届いただろう。けどな、母さんはアレクの仕送りを今まで1度も使ったことはなかったんだよ。息子が命を懸けて稼いだお金を使えないと言ってね...いつも気持ちだけで十分だと言ってね。だから俺もそのお金に手を付けるのは少し手が引けてしまったんだよ。申し訳ない。」


 父さんに頭を下げて謝られてしまい、なにも言い返せなかった。

 俺はどうしていいかわからず、今来た道のりを戻り実家の2階に上がり、自分の部屋に閉じこもった。


 そしてベッドに腰かけ、横たわると、静かに眠りについた。



 ◇◆◇◆◇◆


 どれくらい眠っていたのだろうか。


 既に窓のそとは真っ暗になっており、街灯の明かりがポツポツと見えるくらいになっていた。


 母さんともう二度と会うことができない、あの笑顔を二度と見ることができない、そう考えるだけで胸が苦しくなった。


 そしてもう少し早く手紙が届いていれば...... 


 様々な感情が俺の頭をかき乱した。


 ゆっくりと頭の中を整理し、改めて俺は思った。


「確かに、冒険者ギルドに手紙配達の依頼とか出せるのは貴族くらいだよな...。おそらく王都からこの街までなら、Dランク冒険者でも大銀貨4枚、Cランク冒険者なら下手したら金貨1枚は必要かもな...。」


(そう考えると、おそらくこの世の中には俺みたいな後悔や悲しさを味わっている人は山ほどいるんだろうな。)


 また少しの沈黙の時間が続き、俺はあることを決心した。


「よしっ、郵便ギルドに転職しよう!」

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