第7話 桜舞い散る真夜中に
カクヨムアニバーサリーコンテスト2022(KAC2022)お題「真夜中」に投稿した作品です。一部、加筆修正してこちらに転載しました。
⭐⭐⭐⭐⭐
桜舞い散る真夜中に新潟県護国神社の入り口で、石造りの大きな鳥居を見上げていた。近づいてくる足音に気が付いて振り向いた俺は、頭が混乱して声も出なかった。
「お待たせ。燐くん」
街灯の灯りのなか微笑みながら、少女がこてりと首を傾けて立っている。
今日、放課後の学校で、俺が告った女の子だった。彼女の名前は
高校では俺と同じクラスの子だ。肩にかかりそうな長さの亜麻色の髪、グレーの長袖シャツ、黒いショートパンツに黒のスニーカーを履いている。
肩から長い円筒形のケースに入った得物をかけて、なぜか右手には「青いコンビニ」のレジ袋を持っていた。
「八岐、なぜ、お前がここに?」
俺は、渡辺
俺の家は、ご先祖の
じつは、現代にも「鬼」は存在する。酒呑童子、星熊童子、熊童子、虎熊童子、金童子、茨木童子などの子孫たちだ。
彼らは人間の社会に潜んで、人間と同様の暮らしをしている。もちろん、おとぎ話に出てくるような角を生やした姿では生活していない。姿かたちを人間に擬態しているから、見た目は普通の人間と変わらない。
普通の人間と異なるのは、彼らが人間の肉を喰らって生きているということだ。
現代の日本で行方不明者として警察に届け出られた者の数は年間87000人。うち子供の行方不明者は1000人を超えるという。実際には、これ以上の人間が行方不明になっていることだろう。そして、このうちの何割かは「鬼」達の餌になったのだと考えられている。
「鬼」の情報を得た俺は「
その鬼は、酒呑童子の末裔だという。俺が得た情報によれば、この鬼はこともあろうに護国神社の周辺をうろついているそうだ。おそらく獲物を物色しているのだろう。
「ねえ、少し歩かない?」
八岐は、海の方を指さした。護国神社の前の通りを道なりに進むと、すぐに海に出る。
「あ、ああ」
俺達は、月明りのなかを海へ向かって歩き出した。
海へ出た俺達は防波堤の上に腰を下ろした。
「はい、こっちが燐くんの分、あ、それからコーヒーもあるから」
八岐は、俺にコンビニのサンドイッチと100円コーヒーを袋から取り出して渡してくれた。
「腹が減っては戦はできぬ、ってね」
そう言って、彼女はサンドイッチの袋を開けて口へ運んだ。その様子を見て、俺もサンドイッチを口に運び咀嚼するとコーヒーで流し込む。
「放課後のコト、ありがとう。嬉しかったよ」
彼女は俺の方を見て、はにかんだような笑みを見せた。そして海の方に顔を向けて、少し残念そうな表情をする。
「でもね、少しびっくりしちゃった。まさか、燐くんから告白されるとは思わなかったよ」
「どういうこと?」
彼女は、何が言いたいのだろう? 俺が八岐に告るのは、そんなに意外なことだったのだろうか?
「だって、あたしたち、殺し合う運命でしょ?」
「えっ!?」
俺は大きく目を見開いて、彼女の方を見た。
「あたしは、酒呑童子の末裔。あなたにとっては討伐対象だから」
ウソだ! そんな、ウソだよな?
八岐が護国神社に現れたとき「どうして、八岐がここへ?」と思ったのと同時に、わずかに「八岐が『鬼』だったのか!?」という疑念が頭をよぎった。
でも、そんな筈はないと都合良く考えて、その疑念を打ち消していた。
「ねぇ、もしかして燐くん。あたしが、『鬼』だって知らなかったの?」
『鬼』は「アイカ」という名だと聞いていた。「らん」ではなかったハズだ。
八岐は、ひとつため息をつくと、鬼は人間社会で生活するための名前と鬼の社会で通用する名前の二つを持つのだと説明した。「らん」は人間社会での名、鬼の社会では「アイカ」なのだという。
俺は討伐対象の『鬼』の情報を、アディティアという人物から得ていた。鬼が護国神社周辺をうろついているという情報も、「アイカ」という鬼の名もその人物からもたらされたものだ。
「アディティアも、いい加減な女よね。肝心なコトを何一つ燐くんに教えていないんだから」
一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。どうして、どうして八岐が、アディティアを知っている!?
八岐が鬼だったこと、アディティアを知っていたこと。俺は狼狽し頭の中は完全に混乱していた。
「じゃ、そろそろ始めましょ」
俺の混乱をよそに、八岐はそう言って立ち上がった。
「ま、待ってくれ、本気なのか?」
そんな俺の言葉に構うことなく彼女は円筒形のケースから刀を取り出すと、鞘から刃を抜いて見せた。
「ええ。あたしの『
冗談だろ? いやだ、そんなイヤだ。どうして、どうして好きな子と斬り合わなきゃならない。
俺は立ちあがって八岐の方を見詰めていた。彼女の言葉に首を振った。
「仕方ないでしょ。あたしたちは、ずうーと遠い昔から斬り合うことになっていたんだから。さあ早く抜きなさい、燐くん」
「ばかな、昔はそうだからって、今の俺達が斬り合う必要なんてない」
八岐は俯き加減に首を振る。
彼女には、斬り合う理由があるというのか。
「あるわ。あなたの父親は、あたしのお母さんを殺した。そしてお父さんは、あなたの父親を斬った」
真っ直ぐな目で、八岐は俺を見る。
親父が、八岐の母親を?
親父は俺が7歳のとき、鬼討伐に出たきり戻らなかった。
親父が死んだことは、アディティアから教えてもらった。母親も親父が死んでからすぐにこの世を去った。両親が他界してから、残された俺と妹の董子の面倒を見てくれたのはアディティアだった。
「鬼の血もね、代を重ねるごとに薄くなっていったからかな、しょっちゅうニンゲンを食べなくても生きていけるようになった。でも、そうね。十年に一度くらいは、食べないとダメみたい」
「八岐……」
「あたしが初めてニンゲンの肉を食べたのは、7歳のときだった」
俺は、息を呑んだ。そして笑みを深める八岐。
「ふふっ、美味しかったよ。あなたの……お父さん」
そう言うと、彼女は左手の親指をぺろっと舐めて見せた。
思い出してしまった。泣き縋る妹の姿を。死に際まで親父の死を嘆いていた母親の姿を。
「や、八岐ああああああ!」
逆上した俺は「
「あなたの肉は、どんな味がするのかしら?」
口角を上げて、八岐は舌舐めずりした。
八岐の容貌が変わっていく。瞳はルビーのように紅く染まっていき、頭頂部からは短い角が現れる。彼女は、とうとう鬼の姿を俺に晒したのだった。
「血だって一滴も残さず啜ってあげる」
ギイィィィン。
俺は彼女の凄絶な剣撃をなんとか受け止める。鬼人化した八岐の剣撃は、17歳の少女のそれとは思えないほど鋭く重い。これが鬼の力なのか。
膂力は八岐が上回る。技量は俺に分があるか。
暗くて重い空気のなか、俺達は一太刀ごとに、神経を、命を削り合う攻防を繰り返した。
そして剣を合わせること数十合。
「む!? む、ぐうう……」
突然、俺の身体がいうことを聞かなくなった。全身が痺れて動けない。
俺は手から刀を落とし、地面に両膝をついた。
その様子を見た八岐は、笑みを浮かべながらゆっくりと俺に近づいてきた。
「うふふふっ。知ってるわよね? 源頼光は酒呑童子に『
俺はそのとき、はっと思い出した。八岐が持ってきたコンビニのコーヒー。
「や、八岐……」
「さようなら、燐くん。……大好き」
八岐が刀を薙いで、俺の首を刎ねる。
ぐるんぐるんと景色が回転して、地面に頭を強く打ち付けた。景色が、だんだんとかすんでゆく。
最期に俺の目に映ったのは、八岐の頬を伝う一筋の涙だった。
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