第7話 天邪鬼と薬草
「えと、どちら様ですか?」
オロオロしている女の人に声をかけてみた。
はっ、とこちらを見ると、箒を拾いヴァルトさんを見た。
「きゃ、客人が来るなんて聞いてないわ!」
「喋ったー!」
「キャー!」
興奮のあまり大声を出したら、柱の後ろに隠れてしまった。
「あ、ごめんなさい。つい嬉しくて。妖精さんにまで会えるとは思わなかったから」
「よ、喜んでもらえたのは光栄だけど。わ、私を見た事は誰にも言わないでよね!」
「イエッサー!」
びしっと敬礼をした。
「亡霊でもあるがな」
「妖精よ! 私を怒らせるとー……」
「げっ……」
ヴァルトさんの顔が少し青ざめた。
「失礼を致しました。我が家の頼もしいお手伝い妖精様」
ヴァルトさんはいつぞやのように、執事のように胸に手を当て頭を下げた。
「お手伝い、妖精?」
「聞いたことないか? シルキーという手伝いぼ……、妖精だ」
「初耳です。でも、何でシルキー?」
「色々な説があるらしいが、シルクのドレスが動く時にさわさわと音を立てるためらしい」
「なるほど! 素敵なドレスですもんね!」
「そうかしら。どこかの誰かさんのせいで、汚ればかりよ」
そう言ってシルキーは自分のドレスを摘んで見て、落ち込んだ。
「それは働き者の証拠です! 誇りに思っていいですよ! それに汚れるのは掃除をしないヴァルトさんのせいです!」
「おい」
「そう、ね。そうよね! ヴァルトのせいよね!」
「はい!」
「おい」
「それよりも! お近づきの印に! シルルンと呼んでいいでしょうか!?」
「何がお近づきの印かわからないけど、いいわ! 特別に許可してあげる!」
「わーい!」
シルルンの手はぼうれ、じゃない、妖精だから握れないので、エアー手繋ぎをし二人でるんるんと回った。
「シルキーまで手懐け、本当に何なんだお前は。実は幻獣使いか?」
「たかが、宿屋の、マンドラ娘です!」
「あーはいはい、悪かったって。忘れろ」
「忘れません! ギャー!」
「はぁー。あ、ギャーで思い出した」
「何ですギャー!」
「お前に本物を見せてやる」
「本物?」
「マンドラゴラだ」
こうして、大階段の左側の奥の部屋にやってきた。
玄関側に近い部屋だ。
家の中に温室って、どこの坊っちゃまですかと思いつつ、ヴァルトさんに続いて中に入る。
「うーわー」
ここにもあった別世界。
床は錆びたグレーチング。壁、窓を覆う植物、所々に薔薇。道の両脇にはハーブと思われる草花、
花には見た事のない輝くきれいな蝶々が旋回していて、ここは楽園だろうかと、わたしのおバカな頭が言っている。
「何なんですかは、私のセリフだと思うんですけどー。何なんですかあなたは」
「見た目だけは、良い、魔法使いだ」
「……私のマネですか」
「よくわかったな」
そう言って、ヴァルトさんは楽しそうにまた笑う。
くそー、本当に見た目だけはいいなー。笑顔もかっこいいなー。
「これだ」
ヴァルトさんに連れられ奥までやってきた。
鉢には大根の葉っぱのようなものが、五枚土から出ている。
「これがマンドラゴラ」
「引き抜いてみろ」
「えっ! 殺す気ですか!?」
「急いで耳を塞げば死にはせん」
「はぁ……」
間違いない、面白がっている顔だ。
はいはい、やりますよ。やればいーんでしょ。
マンドラ娘がマンドラゴラを抜く、前代未聞ですもんねー。
カー先生を下ろし、覚悟を決める。
「……よし」
両手で葉を掴み、一気に引き抜いた。
「ギャ————!」
鋭く軋む、何ともいえない叫びだった。
断末魔の悲鳴って、こういうことを言うんだろうかと思った。
そこから先はよく覚えていないけど、一つだけはっきりしているのは、下にいたカー先生の耳を両手で塞いだ事。
ああ、また死ぬのか。だってこれ、走馬灯ってやつじゃん。
幼い頃。従兄弟のお兄ちゃん家のハムスター、ハム丸殿下を持ったまま倒れた私。慌てるお母さん、泣いている従兄弟のお兄ちゃん。
小学校。飼育係になりたかったけどなれず、うさぎと戯れるクラスメイトを遠くから見る私。
中学校。将来の夢という作文で、ブリーダーと書いて発表し、男子にバカにされ、悲しくて悔しくて用紙をぐちゃぐちゃにし、投げつけた私。
そして、高校。
調査票を手にして悩み、ライオン丸を抱いて倒れた私。
そうだ。
私は前世、動物アレルギーを持った女子高生だった。
夢が叶わないとわかっているなら死のうと、ライオン丸を抱いたんだった。
みんな、悲しませちゃったよね、ごめんね。
そして、今世でも死んじゃうなんて、どれだけ親不孝なんだ、私は。
前世のお母さんお父さん。
色々と医者を調べ連れていってくれてありがとう。
ライオン丸、我が家に来てくれてありがとう。
今世のお母さんお父さん。
我儘を聞いてくれて、温かく送り出してくれてありがとう。
カー先生、オーちゃん、私と出会ってくれてありがとう。
ヴァルトさんも、一応ありがとう。
そして、みんな。
ごめんね、さようなら。
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