第8話 バカの神

「本当にバカなんだな、お前は」


 拝啓。


 お母さんお父さん。


「まさかここまでバカだとは」


 私、生きています。

 ここは天国かと思いきや、天国のようにふかふかな高級ベッドの上でした。


「だが、バカはバカでも、普通のバカなら、バカはバカなりに脳みそを使うぞ」


 バカを連呼されています。

 私は普通のバカではないのでしょうか?


「あれだな、きっとお前はバカの神なんだな」


 私はバカの神だったようです。


「どこに自分の耳を塞がず、カーバンクルの耳を塞ぐバカがいるんだ」


 ここにいます。


「と、思ったが、バカの神だもんな。仕方がないな」


 そうです。バカの神、バカ神です。


「俺が咄嗟に魔法をかけなければ、死んでいたぞ、バカが」


 いいえ、死にません。バカ神ですから。


「バカに付き合う俺の身にもなってみろ。余計な労力ばかり使う」


 お母さんお父さん。


「バカになんか見せるんじゃなかったな」


 高級そうなイスに腰掛け、バカ神をバカにする魔法使いさんを止めるために、とうとう本気で実行しようと思います。

 それでは、どうか、いつまでもお元気で。


 敬具。


「オーちゃん! 行ったれー!」


「バウ!」

 

 私が指差すと、オーちゃんはヴァルトさんの右手を噛んだ。


「痛っ! 離せっ!」


 ヴァルトさんは手を振りオーちゃんから離れた。

 オーちゃんも体が小さいから、ぴょんっと跳んで離れた。

 ……あれ? 体が小さい? ん? まさか!?


「マンドラゴラの悲鳴で小さくなっちゃったの!?」


 小型犬サイズになったオーちゃんを抱き上げた。


「バァーカ」


 へい! バカ一丁お待ちぃ! まいどぉ!


「そんな訳がないだろ。倒れたお前を見てくんくん鳴いていたから、魔法で小さくして、傍にいられるようにしてやったんだよ」


「左様でございますか。それはどうもありがとうございました。それにしてもオーちゃん」


 オーちゃんの脇に手を入れ持ち上げ直す。


「大きい時はかっこ可愛いけど、小さいと可愛さ爆発でしゅねー」


「……その話し方やめろ」


「嫌でしゅねー」


「はぁー。まぁ、それだけ元気なら大丈夫だとは思うが、一応これを飲んでおけ」


 白地に緑の葉が描かれている、高級そうなティーカップを差し出された。

 オーちゃんをベッドの上に下ろし、それを受け取る。

 中には淡い黄色の液体が入っている。


「うわぁー、いい匂い。レモンみたい。何ですかこれ」


「ハーブティーだ。ベルローネという花を使っている。鎮静効果がある」


「おー、おしゃれですなー」


「ばあちゃんから教わった。魔法にも役立つし、女性にモテるから覚えておいて損はないとな」


「えっ……」


 まさか、実は、ヴァルトさん私のこと好き。


「まぁ、お前みたいなバカに好かれても、これっぽっちも嬉しくないがな」


「……」


 な訳ないですよねー。


「お前にはこっちだ」


 ヴァルトさんは、高さの低いガラスの器をオーちゃんの前に差し出した。

 透明感のある薄い茶色の液体が入っている。そして、小さなデイジーのような白い可愛らしいお花が浮いている。


「マルブリューム。消炎、創傷治癒効果がある。花は食うな」


「バウ! ガウガウ」


「食べています……」


「……食うなよと言おうとしたが、遅かったか。しかし」


 くくっと笑うヴァルトさん。

 今度は何がツボにはまったんだろうか。


「飼い主に似るとよく言うが、ここまでバカが似るとはな」


「飼い主じゃありません! 私とオーちゃんは家族です!」


「あーはいはい、家族な。そっくりなことで。それに口の端に花びら付いているぞ。ははっ」


「ガウ?」


 またゲラゲラと笑い出した。


「––––……」


 追伸。


 お母さんお父さん。

 ヴァルトさんは変な笑いのツボがあるようです。

 だけど、何ででしょうか?

 こんなに笑ってもらえるなら。


 こんなに楽しそうに笑ってくれるなら。

 いつの日かヴァルトさんの口の悪さも和らいで。


『お前のこと好きだぜ! オーちゃんもカー先生もみーんなまとめて護ってやるよ!』


 なーんて、言ってくれる時がやって。

 来ませんね。


 その前に、私もぼっち魔法使いさん好きじゃないしね。いや、でも、嫌いじゃないけどさ。

 とにかく、淡い幻想を抱きました。


 でも、楽しそうに笑うヴァルトさんは好きなので。

 バカの神でよかったなと思いました。


 ではでは、また良い事があったら、心の手紙を書きます。


−−−−−−


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